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お雛祭りの3日、県文大ホールで「念仏踊り」で出場

  3月3日(日)、第13回和歌山県民俗芸能祭が県民文化会館大ホールで開催され、海南市の「亀の川念仏踊り」で出演させていただきました。 
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 この踊りの始まりは南北朝時代に遡ります。南朝方の楠木正行(くすのきまさつら)に加わった河内の武士・佐々木平内兵衛の一族が、正平3年(1348)正月に四条畷の戦いに敗れ、追ってを逃れて現在の次ケ谷にたどり着きました。名を上芝平内と改めて、芝池のほとりに借り屋をたてて隠棲し、戦死者の霊を慰めるために念仏を唱えつつ踊ったのが始まりとされています。
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 南野上地区に嫁いだ女性たちを中心に踊り伝えられ、その後、昭和の末頃に中断していましたが、復興し、地元公民館のサークル活動として稽古するほか、夏休みの「早寝早起き朝ごはん運動」で子供たちが踊りの稽古をしています。

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 三味線と歌に8人名、踊りは大人6名、南野上小学校の子ども6人、卒業生のれいなちゃんも加わり21名の参加となりました。残念ながら本番の写真は撮れませんでした。
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 6年生は大人と同じ紫の着物で踊ります。
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 順番を待つ間に舞台のそでから。紀美野町の「梅中傘踊り」。
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 田辺市の「野中の獅子舞」。野中の一方杉で知られる継桜王子の秋祭の奉納される踊りで、その起源は南北朝時代の大塔宮護長親王が、南朝方の兵を募るための当地にきた時に、地元の郷士たちが味方に加わり、「若一王子権現」の大幡をたてて、その士気を鼓舞し、武運長久を祈るために獅子の芸能を奉納したのが始まりと伝えられています。(パンフレットより)
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 天狗が獅子の背中にのるなど、ユーモラスな動作が特徴で、とても素晴らしい演技です。
by kigaaris | 2019-03-10 22:07 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)