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東 道のきのくに花街道

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カテゴリ:海南無形民俗文化の会( 24 )

お雛祭りの3日、県文大ホールで「念仏踊り」で出場

  3月3日(日)、第13回和歌山県民俗芸能祭が県民文化会館大ホールで開催され、海南市の「亀の川念仏踊り」で出演させていただきました。 
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 この踊りの始まりは南北朝時代に遡ります。南朝方の楠木正行(くすのきまさつら)に加わった河内の武士・佐々木平内兵衛の一族が、正平3年(1348)正月に四条畷の戦いに敗れ、追ってを逃れて現在の次ケ谷にたどり着きました。名を上芝平内と改めて、芝池のほとりに借り屋をたてて隠棲し、戦死者の霊を慰めるために念仏を唱えつつ踊ったのが始まりとされています。
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 南野上地区に嫁いだ女性たちを中心に踊り伝えられ、その後、昭和の末頃に中断していましたが、復興し、地元公民館のサークル活動として稽古するほか、夏休みの「早寝早起き朝ごはん運動」で子供たちが踊りの稽古をしています。

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 三味線と歌に8人名、踊りは大人6名、南野上小学校の子ども6人、卒業生のれいなちゃんも加わり21名の参加となりました。残念ながら本番の写真は撮れませんでした。
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 6年生は大人と同じ紫の着物で踊ります。
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 順番を待つ間に舞台のそでから。紀美野町の「梅中傘踊り」。
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 田辺市の「野中の獅子舞」。野中の一方杉で知られる継桜王子の秋祭の奉納される踊りで、その起源は南北朝時代の大塔宮護長親王が、南朝方の兵を募るための当地にきた時に、地元の郷士たちが味方に加わり、「若一王子権現」の大幡をたてて、その士気を鼓舞し、武運長久を祈るために獅子の芸能を奉納したのが始まりと伝えられています。(パンフレットより)
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 天狗が獅子の背中にのるなど、ユーモラスな動作が特徴で、とても素晴らしい演技です。
by kigaaris | 2019-03-10 22:07 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

2018 Musical 「みやこ姫~有間皇子塚がむすぶ縁~」

 11月11日15時~、御坊市民会館大ホールでミュージカル「みやこ姫~有間皇子塚がむすぶ縁~」を公演。道成寺伝説をもとに東 道が脚本を書き、創作しました。和歌山県文化振興事業補助事業として海南・万葉の会の主催で。劇団KCM、田辺チーム5名、日高川の「あすなろ倶楽部・絆の星」9名、南野上バレエエクササイズ教室のメンバー5名など、小学生から高齢者まで29名が出演。熱演ぶりをご覧ください。

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 オープニングは「戦い‐壬申(じんしん)の乱」から。大友軍は赤い旗と衣装、大海人軍が青い旗と衣装で戦います。

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 大海人皇子(正木吉紀)と、宇野讃良(うののさらら)皇女に椿 悠さんがゲスト出演です。

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  九海士の里で。みやこ姫(中央・前田祐希)、渚(右・池田多美)、九海士村長(左・鍋島好行)

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 大海人皇子(天武天皇)が崩御されたあと、讃良姫が持統天皇として即位します。

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 讃良姫(持統天皇)が紀伊国へ行幸された時、藤代坂で供の者が詠んだ万葉の歌を、南野上バレエクササイズ教室にメンバーが踊りました。(作曲・打垣内正、歌・西浦晴美)


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 御坊の阿古根浦に来ました。采女(宮埼 桜)が讃良姫に美しい珠を見せます。

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  九海士の村長と塩屋の村長(丸山雅之)が地元でとれた魚や貝を献上し、天皇(讃良)に謁見を許されます。塩屋村長が有間皇子の墓をつくることを申し出て、天皇の許可がおりました。舎人(永井万大、中央)


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 完成した墓を見あげる美しい黒髪の少女がいます。宮子姫の登場です。視察に訪れた宮廷の舎人が、宮子の美しさを藤原不比等に伝えます。宮子は不比等の養女となり、文武天皇の妃として宮廷に入りました。

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  宮子が首皇子(おびとのみこ)を生んだ同じ頃、藤原不比等(川田将也)と橘三千代(西知美)の間に安宿姫(あすかべひめ・光明子)が誕生しました。不比等と三千代は、この安宿姫を首皇子の妃とし、将来、首皇子が天皇となると考えたのでした。


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 宮廷の采女たち(左から菊井佳奈、江川望、池田多美、宮崎 桜)

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  文武天皇の心をつかむことができずにさまよい、悩む宮子。あすなろ倶楽部・絆の星のメンバー達の踊りで宮子の悩みを表現します。(寒川夏帆、風山実優、坂口華那、中本 和、川合琴葉、土井零奈、鉢本真央)

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 心が晴れない宮子姫を三千代が慰めにきます。けれども、赤ちゃん(首皇子、後の聖武天皇)を連れていってしまったのです。

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 文武天皇が若くして亡くなり、母親の阿閉皇女(江川 望)が元明天皇として即位します。

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 藤原不比等(川田)が朝廷内で権力を強くしていきます。

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 一方、長屋王(和佐裕一郎)が、皇族として冠位と力を持っていました。この時左大臣。
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 ある時、詔があり、天皇の妃2人の位が下げられ、宮子が夫人(ぶにん)として冠位を上げることになりました。位を下げられ落ち込んでいる采女と、噂話がすきな采女たちの会話。
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 不比等と三千代の画策により、最高位を得た宮子ですが、気持は晴れません。心の病となり、暗闇をさまよう宮子に母の渚が励まします。宮子の幻想の場面。

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  安宿姫(光明子・井原美月)あすなろ倶楽部・絆の星から出演。
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 首皇子(聖武・竹本浩人)同じくあすなろ倶楽部・絆の星から出演です。
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 元明天皇のあとを首皇子の姉の氷高内親王(ひだかないのんのう・菊井佳奈)が、元正天皇として即位します。
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 氷高内親王に忠誠を誓う長屋王(和佐)。氷高姫の妹の吉備内親王を妃としています。

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 首皇子が聖武天皇として即位。紀伊国へ行幸の折、真土山、那賀郡を通っていきました。万葉に残された歌から「亦打山(まつちやま)」を南野上バレエチームと東の踊りで。

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 紀伊国の和歌の浦へ来られました。万葉歌「和歌浦に」KCMの女子たちが踊ります。

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  首皇子(聖武)が即位したあと、天空の様子がおかしくなってきました。舎人(永井万大)
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 同じく天空の異変を伝える舎人(川田)
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 天の異変、地震などはすべて天皇である自らの責任を感じて、民を救済する詔を下す聖武天皇でした。(正木)

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 そんな時、密書が届きます。不比等の息子武智麻呂(むちまろ・大野剛輝)に密書を見せる聖武。
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 密書の内容は「長屋王が謀叛をおこそうとしている」というものでした。
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 橘諸兄(三千代と美努王との息子・丸山)も長屋王の謀叛を認めます。

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 藤原武智麻呂(大野)はすぐに長屋王の屋敷を取り囲むようにと提言します。

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 「長屋王が謀叛など起こす筈がない」と思いながらも、参議での大臣たちの決議を止め切れない聖武(正木)。翌日、長屋王は自害、妃の吉備姫と息子の王たちも自害に追い込んだのでした。

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  都の路地裏の酒場で。急に冠位があがった君足(きみたり・川田)を不思議に思った舎人(鍋島)の質問に、君足は喋りだします。「あるお方が謀叛をおこそうとしています」と天皇に申しあげたと。
 そのあと、長屋王の親族と家臣たちが罪に問われることは無くなりました。

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 長屋王の亡霊が夢に現れ、聖武天皇を脅かします。

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 聖武天皇の皇后となった光明子(安宿姫・椿)は天皇を励まし続けます。

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 宮子姫(江川望)。文武天皇が崩御され、心は晴れず孤独に過ごしています。
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 玄昉法師はいつも宮子姫を見守っています。
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 幻想の世界をさまよう宮子。
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 玄昉法師の法力で宮子の病は回復に向かいました。
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 光明子の病を見舞いに訪れた宮子と、首皇子(聖武天皇)が出会います。37年ぶりの親子の再会でした。
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 都をあちこちと遷し、さまよい続けた聖武は、大仏建立を考えはじめます。大仏建立には神と仏が融合し、民が自らの意志で参加する喜びを知ることを考えたのでした。
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  あすなろ倶楽部のエンディングの踊り。
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 南野上公民館バレエエクササズの皆さん。
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 田辺チームです。
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 桜さん、美月ちゃん、浩人くん、佳奈ちゃん。
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 池田さん、江川さん、西さん。
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 和佐くん、椿さん、川田くん。
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  前田さん、正木さん。
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 ご観劇いただいた皆さん、応援していただいた皆さん、有難うございました。


by kigaaris | 2018-11-19 23:39 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

[なぐさとべを訪ねて」万葉ウオークと公演

 公演の写真が市川さんから届きました。第1部は伝統の踊りです。海南無形民俗文化の会のメンバー「塩津のいな踊り」から始まりました。
 塩津漁港で鯔(いな)の漁獲が盛んであった頃、定置網が設けられ、その頃に始まった「いな踊り」が現代に伝わっています。 
 このほど、海南市から文化奨励賞を受賞されました。
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 続いて「亀の川念仏踊り」です。南北朝時代、大阪四条畷での大いくさに敗れた楠正成の嫡男正行が、家臣の佐々木兵衛に一族を連れて落ち延びるように命じます。佐々木一族は南野上の次ケ谷に落ち延び住みつきましたが、末裔たちが戦いで亡くなった先祖の霊をなぐさめ、平和な時代が長く続くように願ってこの踊りが始まりました。 
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 伝統の踊り3番目は黒江の「つつてん踊り」です。紀州徳川家の保護のもと、漆器とともに発展してきました。お盆の下駄市では夜ふけまで踊ったそうです。子どもの頃から海南市に住んでいてもこのような伝統の踊りがあることは、最近まで知らずにいました。もっと多くに人たちに知ってほしいと願っています。
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by kigaaris | 2015-11-07 22:04 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

南野上子ども夏まつりに参加・出演しました。

 台風一過の18日(土)「南野上子ども夏まつり」が開催され、亀の川念仏踊りで参加、出演させていただきました。今日も暑い1日ですが青空のもと、芝生の校庭で踊るのは気持ちの良いものですね。
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午後3時ごろ。模擬店に出店の人たちが集まりはじめました。
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 17時から催し開始です。和歌山県が今年秋に開催予定の国体をPRするために「きいちゃん踊り」から始まりました。照りつける太陽で「きいちゃん」も暑いでしょうね。
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 亀の川念仏踊りの順番がまわってきました。三味線と歌が一緒に出ます。
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 三味線と歌の出演者たちです。左端が会長の土井さん、前列左に尾崎さん、前列右端が田村先生、後列の3人は歌の担当です。
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 踊りの出演者たち。左から栄川さん、土井さん、東、中尾さん、神谷さん。
最近、明治安田クオリティオブライフの助成金をいただき、三味線を2台揃え稽古を始めました。揃いの浴衣の布地も購入したので、この夏の間に仕上げたいと思います。また夏休みの毎週水曜日には恒例の「早寝早起き朝ごはん」運動が始まります。子ども達に地域の歴史と伝統文化を継承するために、今年も頑張ります。

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by kigaaris | 2015-07-19 14:07 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

亀の川念仏踊りに明治安田QOLから助成

 明治安田クオリティオブライフ文化財団(東京都、大島雄次理事長)は、地域の伝統文化の継承や後継者の育成を支援するために、日本全国にむけて「地域伝統文化保存維持費用助成制度」を推進しています。今年、和歌山県から「亀の川念仏踊り保存会」が選ばれました。 21日、明治安田生命保険相互会社和歌山支社で贈呈式が行われ、保存会を代表して東 道(事務局長)が目録をいただきました。   
 
 亀の川念仏踊りは南北朝時代の楠正成の嫡男の正行(まさつら)が、大阪四条畷での大戦に敗れ、自刃のまぎわ、家臣の佐々木氏に一族を連れて逃げ延びるようにと命じました。一族は南野上の次ケ谷に逃れましたが、合戦の時の様子を末代まで伝えようと歌と踊りにし、先祖供養とともに平和な世の中が続くようにと始まったと伝わっています。長い間、次ケ谷に嫁いだ女性たちの間で踊り伝えられてきましたが、近年は後継者が少なくなり忘れられようとしていたのを、公民館と小学校の協力により復活、子ども達が毎年夏休みの早朝に、公民館では女性たちが稽古を続け、地域の催し等にも参加しています。
 同財団では平成3年から、地域の民族芸能・技術の継承に対して助成をおこなっていて、今年は全国から164件の応募があり、44件が選ばれました。和歌山県では亀の川を含めてこれまで17件が助成されました。 
 牧野支社長から「亀の川念仏踊りは歴史の深い文化財だと認識しています。これからも更に継承し、和歌山にとって大切な位置づけでいていただきたい」とのお言葉をいただきました。大変名誉なことです。これからも心を引き締めて地域の人たちと協力して、精進してまいります。助成金は三味線と衣装(浴衣)の購入に活用させていただきます。有難うございました。
 写真は「わかやま新報」に掲載していただいた記事と目録です。
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 昨年、夏休みの「早寝・早起き朝ごはん」のときに小学校グラウンドで稽古した写真です。
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by kigaaris | 2015-05-27 13:13 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

2014南野上公民館の文化祭に参加-2

 民謡、カラオケ、親子ダンス、大正琴のあと、杉下喜清さんの書道パフォーマンスと続き、海南無形民俗文化の会の出番がきました。 念仏踊り、いな踊りの発表がすむとラストは黒江の「つつてん踊り」の出番です。 江戸時代、藩主吉宗の保護のもとに栄えた黒江漆器に従事する人たちで始まったと伝わっています。近江国の木地師たちの望郷の踊りだとか。
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 歌と楽器のメンバーです。右端の北村会長は三味線をひきながら歌います。
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 皆さん、紫の衣装です。先週の有間皇子まつりに引き続いての出演、お疲れさまです。
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 私たちの踊りに続いて、「ちびっこ躰道隊」の登場です。子どもながら迫力ありますね。
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 今年初出演の杉下喜清さんの書道パフォーマンスの作品です。野上町のご出身です。「この道より 我を生かす道なし この道を歩く」この言葉を聞くと自分のことを言われている気がします。私の名前も道ですから。
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by kigaaris | 2014-12-05 21:28 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

2014南野上公民館芸能大会

 11月22日(土)~23日(日)の2日間、南野上公民館の文化祭が行われ、22日、芸能発表会に海南無形民俗文化財の会から「亀の川念仏踊り」「いな踊り」「つつてん踊り」の3団体が出演しました。 この日、南野上小学校グラウンドでは早朝から小学生ゴルフ大会が行われ、体育館前にびっくり市とバザー、模擬店が並びました。公民館では生け花、書道、編み物、リフォーム洋裁の作品、そして子どもたちの作品が並んでいます。 
 出番を待つ「念仏踊り」の出演者たち。ほかにも音楽隊のメンバーがでます。あれ、はるとくんはどへいったの? 
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  こちらは「いな踊り」の出演者と講師さん。塩津小学校から参加です。夏休みにはお世話になりました。いまではすっかり仲良しになりました。
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  踊りは塩津の漁師さんたちがイナの捕獲の様子を踊りに表したものです。
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「いな踊り」に出演の皆さんの記念撮影です。
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by kigaaris | 2014-12-05 20:59 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

夏休み 体験合宿しました。-3

塩津の町並みです。町並みというより海辺の漁師まちといったほうが似合いますね、でも近年、漁をする人が少なくなりいまは3件だけとのことです。
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塩津小学校は6年生が4人と5年生1人、3年生1人なので、来春6年生が卒業すると、2人だけになるので廃校となるようです。こんなに自然がいっぱいの恵まれた環境なのに・・。子どもの減少は日本の深刻な問題です。
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 すぐに仲良くなってじゃれあう(?)子どもたち。
 
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陽が暮れてきたのでバーベキューパーティはお開きとなり、この日はコミュニティセンターへ泊まらせていただくことになりました。最初、体育館の予定だったのですが、畳の部屋に寝ることができて本当に良かったです。コミセンの近くにこんな古い立派な建物が建っていました。
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by kigaaris | 2014-08-27 21:44 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

夏やすみ 体験合宿しました。-2

 いな踊りのあとは、勿論「亀の川の念仏踊り」です。塩津小学校の子どもたちは踊るのは初めてです。
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 でも、すぐに慣れて、上手に踊りはじめました。塩津小学校と南野上小学校の子どもたちが、踊りをとおして交流の輪をひろげます。
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  踊りで汗を流したあとは、小学校の裏山の広場でバーベキューパーティです。用意が

ができるのを待つ間、神谷さんが本を読んでくれました。子どもたちはすぐに仲良くなって一緒に聞いていました。
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バーベキューの用意って以外と大変そうです。炭に火がつくまで時間がかかります。芝生の中で、三々五々、お話をしながら待ちます。

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 そろそろ、お肉が焼けたようで、子どもたちがシートに座って食べ始めました。真夏でしたが、さわやかな風が吹き、気持ちの良い日でした。
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by kigaaris | 2014-08-27 21:24 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

夏休み 体験合宿しました。

 夏休みも残り少なくなってきました。8月23日から24日まで、亀の川念仏踊り保存会とつつてん踊り保存会、塩津のいな踊り保存会の有志たちの交流会が塩津小学校と周辺で行われました。海南駅から国道42号線を走ること約20分、塩津は山と海に囲まれた、こんな美しい静かなたたずまいの漁村です。
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 本日のメインイベントはやはり、県の無形民俗文化財に指定された「いな踊り」を、できれば習得したいというのが狙いです。始めはみなさん、おとなしく見学しています。
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 塩津小学校の子どもたちは講師先生も一緒に、小さい頃から習い覚えた踊りを元気に、鯔(いな)の気持ちになって踊ります。
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 もしかして、はるとくんではありませんか?いつの間にいな踊りを覚えたの? この日は南野上の子どもたちもいな踊りを教えていただき、一緒に踊りました。
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 子どもだけではありません。講師先生の後ろで唐津痲さんまで踊りはじめました。
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このあと、つつてん踊りの北村会長も踊りはじめます。皆さん、踊ることがお好きなんですね。
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by kigaaris | 2014-08-27 21:02 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)