東 道のきのくに花街道

ariskiga.exblog.jp
ブログトップ

タグ:熊野古道 ( 37 ) タグの人気記事

熊野古道・中辺路 箸折峠~近露王子へ

 9月21日(木)、前日の雨が嘘のようにからりと晴れた1日となりました。
 午前9時15分。KIGAのメンバー11名が車に乗り合わせて中辺路の道の駅へ着きました。今日はここから箸折峠へ上ります。
 道の駅の「牛馬童子像」のレプリカは、最近建てられたものです。
b0326483_20362239.jpg

 国道を渡り、向かい側の山の中に入ります。左に行けば大阪本王子へ、右に行けば箸折峠へ向かいます。急な登り坂を上ること約800m。
 途中の平坦な民家の跡らしきスペースは今は杉でおおわれています。
b0326483_20362958.jpg

 道路右手の小高い丘に宝篋印塔と牛馬童子像が立っています。牛馬童子像は明治の時代に建てられたものです。以外に小さな像ですね。
b0326483_20394463.jpg

 牛馬童子像の後方に建つ宝篋印塔。古い時代にはこの宝篋印塔が熊野古道の名所の一つでした。手前の木の根っこに2体の仏像を浮き彫りした石が置かれています。
b0326483_20363586.jpg

 宝篋印塔に何か刻まれています。文字でしょうか?人の顔のようにも見えますが・・・。
b0326483_20364583.jpg

 牛馬童子像の隣に並ぶのは役行者です。
b0326483_20364863.jpg

 牛馬童子像は悲劇の花山法皇をイメージしたと伝わっています。花山法皇は若くして天皇に即位しましたが、権力の野望の渦に巻き込まれ皇位を失うこととなりました。
 失意の法皇が熊野詣でに来られ、ここで昼食をとられました。箸がないので木の枝(萱)を折って箸の代わりにしょうとした時、その箸から赤い汁が出たので「血か露か」と聞かれたのが「近露」の地名の由来となり、箸折峠の名となったそうです。 

 狭い棚田が並ぶ道を降りると日高川の美しい景観が広がっています。
b0326483_20365222.jpg

 旧国道を少し歩き古道へ入ります。曼殊沙華が満開でした。もう秋ですね。
b0326483_20375333.jpg

  日高川に架かる橋から見る山間の景色は静けさそのものです。右手のほうに名湯「ひすいの湯」があります。
b0326483_20380826.jpg

 近露王子の入り口に萩の花が咲いていました。
b0326483_20381223.jpg

「近露王子跡」と刻まれた石碑は昭和の始め頃、大本教の出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)氏の建立と筆によるものですが、当時、大本教の弾圧があり、この石碑が取り壊されることとなりました。その時、地元の横矢氏が自分の名前と書き替えて難をのがれたと伝わっています。
 境内には大きな楠の古木が並んでいましたが、明治時代、神仏分離令が発令され、南方熊楠の猛反対にもかかわらず、これらの古木は伐採され、王子は近野神社へ合祀されることとなりました。
b0326483_20381514.jpg


[PR]
by kigaaris | 2017-09-21 21:41 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

Musical 有間皇子 稽古風景ー2

 9月16日~18日の三連休は大型台風が日本列島を直撃、17日(日)の夜8時~10時ごろには和歌山市と海南市にも風速38メートルが吹きました。

 劇団KCMの「有間皇子」の稽古は南野上公民館で予定どおり実施しました。警報が出ていたので、自己判断で自由参加としましたが、ほぼ全員が参加。南野上のバレエチームも加わり賑やかな練習風景となりました。 
b0326483_21355661.jpg
 有間皇子の想い人、シララ姫(白浜ではマシララ姫と伝わっています)に椿さん。毎週、大阪から稽古に来ておられます。
b0326483_21363416.jpg
 有間皇子役の和佐裕一郎くん(中央)と中大兄皇子役の中西弘和さん(右)、塩屋連コノシロ役の川田将也くん。このミュージカルは男子の役が多いので貴重な存在です。
b0326483_21362906.jpg
 16日(金)は市民会館での稽古です。飛鳥の宮殿を造るために地方から集められた宮造ヨボロのダンスの稽古。
左から錦戸日出夫さん。西 知美さん、坂上忠さん、木村佳代さん。右端は中裕子さん。皆さん、二役、三役で頑張っています。
b0326483_21360900.jpg
 中大兄皇子の中西さん、Ri-yaさんから歌と踊りの指導をうけています。
b0326483_21361233.jpg
 オープニングのダンス。
b0326483_21362279.jpg
 宮廷の采女の踊りです。踊りが多いので覚えるのが大変ですね。
b0326483_21362678.jpg

[PR]
by kigaaris | 2017-09-18 22:11 | 劇団KCM | Comments(0)

Musical 「有間皇子」稽古風景-1

 少し秋らしくなりましたが、まだまだ日中は暑い日が続いています。
 秋のKCM公演の役者がそろいました。
 主役の有間さまは和佐裕一郎くんに決定し、そして海南座の中西弘和さんも、脊椎損傷から奇跡的に復帰し、今日は姿を見せてくれました。
 そして前回、丹治小澤国襲(たじひのおざわのくにそ)役を演じた田辺の鍋島好行さんが、弁慶祭で忙しい中、かけつけて下さいました。鍋島さんは今回、国襲と蘇我石川麻呂の二役を演じていただくことになりました。

 さらに、1月公演には和歌山県出身の女優の七海薫子さんと、俳優で東映剣会の柴田善行さんの出演が決まりました。

 案ずるより産むがやすし、ですね。
 海南・万葉の会主催「2017熊野古道・万葉ウオークと公演"有間皇子”」にむけて、一歩ずつ前に進んでいます。これからも皆で力をあわせて、諦めずに、妥協しないで、可能性を信じて、前をむいて歩きます。

 今日は海南市民会館で稽古しました。劇団員たちはいつもエアコンなしで頑張っています。 
b0326483_22462526.jpg
 有間さま役の和佐くん(右)と石川麻呂、国襲役の鍋島さん(左) 
b0326483_22464131.jpg
 牛に踏まれても、奇跡的に復帰した中西さん。退院したばかりです。
b0326483_22464430.jpg
 ポスターができてきました。 
b0326483_22464836.jpg
b0326483_22465155.jpg
b0326483_22465425.jpg

[PR]
by kigaaris | 2017-09-09 22:57 | 劇団KCM | Comments(0)

熊野古道・中辺路/近露~小広へ

熊野古道歩こう会 9月のご案内

中辺路・箸折峠/牛馬童子像~近露~小広王子まで

 季節は秋にむかって動きはじめました。
 9月は中辺路の道の駅から牛馬童子像のある箸折峠から近露の里をとおり、野長瀬一族の墓、比曽原王子を通り、継桜王子を経て小広王子まで歩きます。
秋の景色を楽しみながら歩きましょう。

b0326483_10553888.jpg
:日時 9月21日(木) AM 6:50
:集合JR和歌山駅東口  (レンタカーを利用します。お早い目にお申込下さい)
:コース JR和歌山駅⇒(車で移動)⇒中辺路・道の駅⇒牛馬童子像⇒近露王子⇒野長瀬一族の墓⇒比曽原王子⇒継桜王子、野中の一方杉⇒中川王子⇒小広王子(約12km。標高差400mほど) 

【参加費】 500円 (郵送費、資料代など。保険は含まれていません。各自任意にご加入下さい)
交通費は8人乗りレンタカーで一人4、500円程度の予定です。

:持ち物 お弁当、飲料、タオル、雨具、杖、保険証、着替えのシャツなど。
※参加者が多い場合は貸切バスを利用します。バス代金は参加者で均等負担となります。少人数で遠距離の場合はレンタカー等を利用したいと思います。できるだけお早いめにお申込下さい。(各月の申込は前月のウオークのあと~1週間前までにお願いします。)

※保険加入は申込が30名以上で遠距離の場合のみとさせていただきます。
*前日の夜9時現在で警報が出た場合は延期とさせていただきます。

:申込は氏名、住所、連絡先、年齢を書いて下記へ葉書・Fax・E-mail 等でお申込ください。
【連絡・申込先】〒640-0302 和歌山市永山83-5 東 道
 ℡・Fax 073-478-2711 e-mail kiga@silk.plala.or.jp

b0326483_10535608.jpg

[PR]
by kigaaris | 2017-09-07 20:53 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

熊野古道・中辺路 滝尻~高原熊野神社~大阪本王子へー3

  上多和の辺りで集合写真を撮りました。14名全員が映っています。不思議ですね。
b0326483_22585718.jpg
  古道はどこまでも、果てしなく続いています。
b0326483_22575773.jpg
 昔、悪志郎と呼ばれる力持ちの大男がすんでいました。その屋敷跡の表示があります。
b0326483_22580494.jpg
 上多和茶屋跡の説明版があります。この辺りには旧暦の11月23日に月が3枚になって登るという三体月伝説が伝わっています。熊野本宮の大斎原のイチイの木に、三枚の月(鏡?)が降臨したのを見た狩人が小さな祠を建てて祀ったのが、本宮の始まりという話もあります。
b0326483_22580945.jpg
上多和をすぎるとようやく下り坂です。 
b0326483_22582656.jpg
 崩れ石とよばれる石ころの多い道を、すべらないように気をつけながら歩きます。大阪本まであと2km、頑張りましょう。
b0326483_22583137.jpg
 橋が架かっています。ようやく下界へ下りてきました。外気が急に暑く感じはじめました。
b0326483_22583995.jpg
 大阪本王子です。傘塔婆は鎌倉時代のものとの記載があります。大阪本王子から近露の道の駅へ向かいました。予定どおり3時30分着。皆さん、暑い中をよく頑張りました。
 このあと、龍神の「がまの湯温泉」に入り、帰路につきました。今日も1日、無事に歩けたことを熊野の神様に感謝しつつ。
b0326483_22585326.jpg

[PR]
by kigaaris | 2017-07-22 23:24 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

熊野古道・中辺路 滝尻~高原~大阪本王子へー1

 熊野古道歩こう会では、いよいよ世界遺産登録の中辺路を歩きます。 
 7月20日(木)、午前6時50分、JR和歌山駅東口に13名が集合し、2台の車に分乗し中辺路へ向かいました。有田インターで高速道路を降りて裏街道(?)を走ること約2時間。予定より1時間も早く9時に滝尻に着きました。途中、椿山ダムの近くの道の駅のフクロウの時計が、私たちを迎えてくれています。
b0326483_14270959.jpg
  滝尻の裏手の剣山は手のひらを立てたように急峻な道です。夏場でもあり、今回は少し後方の針地蔵から歩くことにします。まずは熊野五体王子のひとつ、滝尻王子にご挨拶しましょう。
b0326483_14205010.jpg
  滝尻は2つの川が合流し、滝つ瀬をなしていたことが地名の由来です。平安時代、上皇や女院たちはこの川の水をくぐり、垢離をすませてから神社にお参りしたそうです。それぞれに得意な和歌や巫女舞、里相撲などを奉納しました。 
b0326483_14205752.jpg
 古道と林道が交差する地点から熊野古道を歩きました。熊野古道らしい道ですが、かなりの勾配のある道です。
b0326483_14210575.jpg


 針地蔵です。熊野古道には道祖神、さえの神、庚申さん、道陸神などと呼ばれる神々がお地蔵さまと一緒に祀られていますが、針地蔵は珍しいですね。

b0326483_14283756.jpg

 約1時間半、距離にして2,5kmほどですが、きつい登り道です。ようやく平坦な道になってきました。
b0326483_14220983.jpg

 高原につきました。神社の標識のそばに庚申さんが祀られています。台座に3匹の猿の絵が描かれています。庚申(こうしん)とは庚申(かのえさる)の日に、人が寝ている間にサンシという虫が天帝にその人の行状を告げ口に行く日とされ、近隣の人が集まり、一晩中寝ないで起きているという風習です。朝寝坊を戒めた行事だと思われます。
b0326483_14255861.jpg


[PR]
by kigaaris | 2017-07-22 22:43 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

熊野古道・中辺路 滝尻王子~高原熊野神社~大阪本王子ー2

 高原に着きました。左手に雄大な景観が広がっています。遠くの山々を見渡す景色は、紀伊半島の70%が山林に覆われていることを証明するかのようです。
b0326483_21285481.jpg
  高原熊野神社です。この社が勧進されたのは室町時代だそうです。熊野の勧進聖たちが背中に背負って全国へ伝えたという懸仏が社宝として残されています。
b0326483_21283633.jpg
  神社の後方に巨大な楠が3本、天に向かってそびえたっています。樹齢600年~700年でしょうか?熊野の歴史を今に伝える地です。
b0326483_21284132.jpg
  高原霧の里で早い昼食をすませて、再び歩きはじめます。坂の勾配はすこし緩やかですが、まだまだ登り坂は続いています。暑いですが、平地より気温が低いことを感じさせてくれる古道です。
 道路のあちらこちらに小さな塔が造られています。人はいつの頃から石を積み上げるようになったのだろうか?などど考えながら歩きます。
b0326483_21333054.jpg
 随分歩いた気がします。高原池につきました。途中の民家の跡らしき石垣があります。高原周辺に水呑茶屋があり、旅人が休憩したそうですが、王子はなく、今はこの辺りには人家もありません。
b0326483_21290302.jpg
  大門王子です。かつて、ここに熊野本宮を望む大門があったことが、この王子の由来です。
b0326483_21292012.jpg
  小さな境内ですがきちんと整備されています。
b0326483_21292405.jpg
b0326483_21292892.jpg
 こんな所に猫がいます。一人(一匹)でやってきたのでしょうか?かなり人に慣れています。
b0326483_21293258.jpg


[PR]
by kigaaris | 2017-07-22 22:41 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

有間皇子、ミュージカル公演と熊野・古道万葉ウオーク

 
b0326483_22065553.jpg
 斉明4年(659)、熊野古道の藤白坂で謀反の罪をきせられ殺された有間皇子。19歳の若さであった。当時、三韓と唐(中国)がお互いの国土を広げるための戦いを繰り広げていた。百済を助け、日本を有利にしようとする中大兄皇子と、平和を大切に、民の幸せを考える孝徳天皇(有間皇子の父)との間に意見の相違がうまれた。中大兄は孝徳を失脚させ、巧妙な罠で有間の命を奪ったのである。

 663年3月、中大兄は百済への応援軍2万7千人を動員、新羅との闘いに臨んだ。8月13日、1万4千人の派兵をおこなった。8月27日、「白村江の戦い」が始まったのである。新羅、唐の連合軍、数十万人。日本軍約4万5千人。日本の史上最大の敗戦となった。 

 現代、海外各国では核開発、ミサイルなどのニュースが飛び交い、いつ戦争が起きるのかわからない情勢である。戦争のない平和な時代であってほしいという願いは日本国民すべての人の思いであろう。 有間皇子が生きた時代と現代は似ている気がする。平和のために戦うのは間違っている!と気が付いた有間皇子は戦うのをやめて、自らの命をさしだしたのであった。

 有間皇子の心はその後の熊野古道のオセッタイの心として、日本人の心の源流として伝わっている。自分が苦しくても困った人を助ける、それが自身の本当の幸せなのだと。 

 1360年ほど前の、有間皇子からのメッセージをミュージカル公演をとおして、現代に生きる人たちに伝えたい、平和の大切さを伝えたい、そんな思いで公演とウオークを開催します。 

 10月7日~8日は紀伊万葉ネットワーク主催で「切目・岩代・南部を訪ねて」、11月2日は海南・万葉の会主催で、海南市内の「熊野古道・万葉ウオーク」を、11月3日は、「きのくにの歴史をたずねて」和歌山市内の神社と寺を歩きます。 

 11月3日、県文小ホールで、来年1月21日、田辺市紀南文化会館で公演します。スタッフ、キャスト募集中です。
 【連絡先】℡・fax 073-478-2711 e-mail kiga@silk.plala.or.jp 

 ニュース和歌山さんに記事掲載していただきました。
b0326483_22064331.jpg
b0326483_22071962.jpg

[PR]
by kigaaris | 2017-07-11 22:13 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

一ノ瀬王子~滝尻王子へ-1/興禅寺

 6月15日(木)9時30分ごろ、上富田町の市ノ瀬橋で車の移動組と待ち合わせ、少し歩いて興禅寺へ向かいました。16名が参加。梅雨とは名ばかりのとても良いお天気でした。
 興禅寺の達磨像も微笑んでくれている気がします。
b0326483_21361912.jpg
  屋根の上にまた屋根が・・うだつです。かつて、米をたく煙がこの小さな屋根から上っている家は「うだつが上がった」のだそうです。 
 手前の木は「タラヨウ」です。古い時代、この木の葉に文字ををかいて送ったことかが葉書の語源です。
 このあと、寺の後方にある借景の庭園を拝見し、お隣の大耕庵のお庭も拝見しシャラの木の花を見せていただいて、富田川(旧岩田川)沿いに鮎川王子に向かってに歩きました。
b0326483_21362257.jpg
  壮大な景観が広がっています。熊野古道は平安時代にはこの岩田川の中を垢離をしながら歩いたのだとか。川そのものが古道でした。
 修明門院の熊野詣での時、大水が出て女官たちが流されて亡くなったとの記載があります。それ以降は「御氷場」をつくり、岩田川に装えて垢離をしたそうです。熊野参詣者にとって、水の中を通る垢離は絶対的に必要だったことがうかがえる話ですね。 
b0326483_21363027.jpg
  一の瀬王子です。藪中王子、清水王子とも呼ばれています。地名は市の瀬ですが。
b0326483_21362609.jpg

 今年は空梅雨のようです。雨が少ないので富田川には水量がありません。山あいの道を歩きます。 
b0326483_21363483.jpg

[PR]
by kigaaris | 2017-06-18 09:06 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

一の瀬王子~滝尻王子へー2・大塔宮伝説の地、鮎川王子

 青い空と緑の山と、川幅の広い岩田川。ほかには何もない。ここでしか見られない景色です。古道は上富田から大塔村へと続いています。
b0326483_22145473.jpg
 庚申さんが祀られていました。地元の人の手で綺麗に整備されています。人の身体にすむサンシという虫が夜中に天帝に、その人の行状を告げにいくので朝まで寝ないでお祀りしたと伝わっています。台座に3匹の猿が描かれていることがあります。
b0326483_22145845.jpg
 随分歩いた気がします。標識に従って橋を渡り、少し歩くと観光案内所の看板がありました。近づいてみると「熊野百間渓谷自然・・・」と書かれています。
 今日はここでお弁当をいただくことにしましょう!暑い中を歩いてきた者にとって冷房完備の室内はまるで天国のようです。
b0326483_22150144.jpg
 まだまだ先は長い。百間渓谷の家に別れを告げて再び歩きはじめました。
 国道322号線沿いに「大塔宮劔神社」の石碑が立っています。傍に「鮎川王子社址」の碑が並んでいます。
 かつて、ここに王子社と大きな敷地がありましたが、岩田川の流れが姿をかえて、いま往時をしのぶことはできません。
b0326483_22150577.jpg
 鮎川の地名は会う川が語源です。岩田川にかかる橋を渡り、田辺市と書かれた大塔村の看板をみながら、もう一度橋を渡ります。
 民家の中をぬけると住吉神社につきました。明治9年(1876)、鮎川王子社を合祀し、明治40年(1907)、劔神社を合祀しました。劔神社のご神体は劔で、後醍醐天皇の皇子の大塔宮護永親王を祀っています。
b0326483_22151250.jpg
 住吉神社の社叢は和歌山県指定の天然記念物です。特に「おがたまの木」は単独で県指定天然記念物となっています。境内の右手の槙と無患子(むくろじ)は幹がくっついていて「夫婦樹」と呼ばれているのだそうです。
b0326483_22532469.jpg

[PR]
by kigaaris | 2017-06-17 23:00 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)