東 道のきのくに花街道

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桜の下で孫一まつり-2

 東映の若手俳優が加わり、雰囲気が盛り上がってきました。いよいよ野外劇が始まります。
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 舞台で位置確認。リハーサルはなしのようです。七海さんは巫女役です。この衣装、見覚えありませんか?
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 先に来ておられた中野監督とリー村山さんが打ち合わせ中です。今回は台本が5日前にメールで届きました。私は村人で台詞は少ないのですが、長い台詞の役者さんは大変だろうなと思っていたのですが、皆さん、きっちり覚えてこられてさすがプロと感心するばかりです。
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# by kigaaris | 2014-03-31 22:55 | 孫市まつり | Comments(0)

桜の下で孫一まつり-1

 戦国時代、天下統一を掲げて戦いを繰り広げた武将たち。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は有名ですが、ここ紀州では武士のための世の中ではなく、山や海、農村で生きる多くの民が幸せに生きる新しい惣国をつくろうとした人物がいました。 
 雑賀孫一が率いる鉄砲隊が石山本願寺を助け、織田信長と5分5分の戦いを約10年間繰り広げました。また、紀州へ攻めてきた秀吉軍を、和歌川に樽を埋め込んで馬を動けなくさせて、すかさず鉄砲隊が攻め秀吉軍を敗退させた話は有名です。
 紀州の民を守るために命をかけた男、雑賀孫一と鉄砲衆たちを継承する「孫一まつり」が10年目を向かえました。3月30日、和歌山市の鷺の森別院境内周辺に参加者たち数千人が集まり賑わいをみせました。

 前日からの雨は朝になってもやまず、大荒れの天候でした。今日は中止かな?と思いしや、午前7時50分、中野監督から「もう子供たちが来て稽古していますよ」との連絡をいただき、あわてて衣装を車に積み込むことに。
 幸い午後から晴れて青空が見えはじめました。桜がきれいでした。

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 9時5分、鷺の森の境内ではすでに模擬店が並んでいます。
 
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 本堂脇の部屋には子ども達が着替えをして待機中です。
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子ども達の背中には八咫烏のマークがついています。
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 今回、私は初めての参加です。開設当時から関わってこられたザ・ビートの岡村康司さん、東映の中野監督のチームに入れていただき、野外劇「信長を一番恐れさせた男・・・」に村人として出演させていただきました。 
 演出は中野広之さん、出演は リー村山さん、KAZさん、七海薫子さん、そして東映の若手イケメン男子たちも加わり豪華な顔ぶれとなりました。
 七海さんとは和歌山市駅前の夏まつりでご一緒させていただきました。和歌山出身の女優さんで、私の娘のような感じです。
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# by kigaaris | 2014-03-31 22:06 | 孫市まつり | Comments(0)

「小栗判官物語」2011年

  平成23年11月6日(日)、海南市民交流センターで「小栗判官ものがたり」を公演しました。和歌山県地域・ひと・まちづくり補助事業として「有間皇子まつり共催ウオーク万葉&ミュージカル」の事業名で開催、劇団KCMにとっては2年目の本公演です。出演者もスタッフも力が入りました。脚本は東 道、演出は東 道と Ri-yaさん。
  共催は海南・万葉の会、そして海南文化協会、アリスの会、海南市中央公民館(市民会館)、南野上公民館など、多くの団体や個人の方々の協力をいただき公演することができました。 

  主役の小栗判官役には辻典也くん。この時はまだ高校生で和工の体育部でした。父親の大納言さんと再会した時、大納言さんが放つ矢をバック転で受け止め、3回目は口で受け止めるという技を披露したときは客席から拍手が沸き起こりました。ヒロイン役にはいつも優しい 椿 悠さん、そして悪役の郡代、横山には森本将司くんです。将司くんの悪役ぶりは真に迫った演技をみせてくれました。中村友美さんも踊りで頑張っていました。巫女さんから遊女役まで女性群はどんな役でもこなします。
  私もこの時は踊りました。有間皇子の万葉歌「藤白の」と、熊野のヒダル神にはヴァイオリン協奏曲を選びました。振付は千葉まどか先生です。この曲はカラオケの「アドロ」にそっくりな曲で、私の好きな曲のひとつです。
  翌年の春を待たずに、森本くんが逝ってしまわれました。ご冥福をお祈りします。

   それにしてもこの写真、なぜか私だけが衣装を着用していません。そうなんです。ウオークから駆けつけて、公演前に撮った写真です。撮影は長谷川さん。いつも有難うございます。
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# by kigaaris | 2014-03-27 10:06 | 劇団KCM | Comments(0)

劇団KCM初公演「2010有間皇子」

 劇団KCMは平成22年5月に「かいなん市民劇団」として始まりました。それ以前は「きのくにミュージカル」として20年~21年まで「ロックミュージカル“有間皇子”」を、19年には「アリスミュージカル」として同じ「有間皇子」を公演。さらに遡ると・・・・その話はまた後日にするとして、懐かしい写真です。平成22年、海南市民会館で「万葉ロマン~有間皇子~」をRi-yaさんの演出で公演した時の集合写真です。
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 向かって右端から正木吉紀さん、川田将也くん、仲岡由圭さん、一人飛んで辻典也くん、小山マキさん、北村雪さん、その後は託巳くん? 東 道、ひとりおいて千葉まどか先生、栗山愛加さん、奥シゲヨ先生、西 知美さん、有嶋華子さん、池田多美さん、です。後方の方たちのお名前、ご存じの方教えてください。なぜかKCMの名簿に載っていなのです。多分、キャストが足りずに、本番前に急に入られた人だと思います。
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 本番前のスナップです。谷口さんも珍しく女性の衣装ですね。奥先生はこの頃はとてもお元気でした。

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# by kigaaris | 2014-03-26 23:57 | 劇団KCM | Comments(0)

熊野古道大辺路で見つけた珍しい植物

 3月6日、熊野古道の大辺路の富田坂を歩いた時、三ケ川付近でこんな景観に出会いました。滝が二つ並んで落下するのは珍しいですよね。左手前に季節の花(実)が見えますか?
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   祝の滝から三ケ川バス停まで約3,5キロの道のりは周囲を雑木林に囲まれて、まさに大自然の懐を歩く、という感じです。萱の木が茂っています。
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   これも珍しい苔の一種です。名前は・・・杉ゴケだと思います。
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  これは誰でも知っています。そう、ツボすみれです。こんな山奥にも春はしずかに訪れているのですね。
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# by kigaaris | 2014-03-18 13:55 | 花のある風景 | Comments(0)

吉宗を支えた男-(8)

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 ミュージカル“井澤弥惣兵衛”を支えてくださった人の紹介です。ナレーションは西浦晴美さんでした。表に出なくてもいつもKCMにご協力いただき感謝しています。
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 今回、陰になり日向になり、公演を支えていただいた佐々木浩敏さん(無名塾塾長)です。実はすごい空手の達人です。
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 劇団KCMジュニアの部の新人です。亀の川念仏踊りに出場の森脇ひろとくんと弟のはるとくんです。ほかの場面にも出ていましたが、気が付かれましたか?家族の協力があってはじめて参加できるのです。
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 今回は初めての時代劇というので、脚本、演出ともに慣れないことが多く、書き直しあり、稽古も最後まで通してやれないという状況の中で、劇団員たちは戸惑ったことと思います。
 中野監督にも大変ご無理をお願いすることになってしまいました。けれどもこの公演をとおして劇団KCMは新しい一歩を踏み出した気がします。新しいことに挑戦するには時として痛みがともなうこともあるけれど、それを乗り越える力が劇団員たちにはあると信じています。佐々木塾長、岡村さん、ノンちゃん、長谷川さん、吉田起子さん、海南万葉会の皆さん、本当にありがとうございました。最後にRi-yaさん、お疲れさまでした。

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# by kigaaris | 2014-03-16 01:35 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男-(7)

 さまざまな苦労を乗り越えて見沼代用水の工事は完成する。それまで荒地であった土地が米が獲れる豊かな土地になり、江戸や各地から人々が移り住み人口も増えた。
 弥惣兵衛は幕府の勘定普請方から吟味役に昇格する。農民が幕府の最高責任者となるのは異例の出世であった。
 しかし、弥惣兵衛は自分の仕事にまだまだ満足していなかった。

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 江戸商人の鈴木文平と兄の高田茂右ヱ門兄弟は弥惣兵衛と交流が厚く、弥惣兵衛を資金面でも支えてきた人である。ある日、兄弟が弥惣兵衛の屋敷を訪ねたとき、弥惣兵衛は自分の気持を伝える。
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 見沼から江戸へは今は陸路しか使えない。江戸に通じる利根川と代用水との高低差が約3尺ほどあり、船が使えないからである。しかし、弥惣兵衛は船を使って運行する計画を話し出す。川の中に箱状の扉を作り、川の水をせき止め、水面を上昇させた状態で片方の扉を開いて船を川上に移すという。パナマ運河と同じ構造であるがパナマ運河より100数十年も早い。井澤弥惣兵衛が考案した閘門式の方法は、通船掘と呼ばれている。 
 
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 弥惣兵衛が亡くなる前に帰省し、野上八幡神社へ寄進を行ったあと、藤白峠で初恋の人とめぐりあうシーンで幕が下りる。感激のシーンを岡村康司さんの「太陽の人」がエンディングを飾る。
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 弥惣兵衛が民を救うために自らのすべてをかけて農地開拓に取り組んだことは、和歌山県内の人より、埼玉県見沼地方ではよく知られている。昨年、見沼から海南市の弥惣兵衛さんを知ろう会を訪ねて一行が来県した時、交流会でその思いの深さを感じることができた。
 私も海南市に生まれ育った人間として弥惣兵衛さんを誇りに思う。これからも機会があれば「ミュージカル“井澤弥惣兵衛”」を公演できることを切に願っている。
 この日、おいでいただいた観客の皆様、本当に有難うございました。

 井澤弥惣兵衛を知ろう会の皆様、埼玉県見沼の皆様、野上八幡神社さま、お世話になりました。ありがとうございます。
 

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# by kigaaris | 2014-03-16 01:08 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男 -(6)

 見沼代用水の工事は難攻をきわめた。長い距離を農閑期の間にやりとげるためには区間を決めて同時に進めなくてはならない。測量に寸分の狂いがあってはいけない。黒鍬者たちはくる日もくる日も土砂を掘り、進んでいく。大雨が降れば水かさが増し、田や畑にあふれる。百姓たちが叫ぶ。「竜神さまの祟りだ!」と。 

 60歳半ばを過ぎた弥惣兵衛にとって、精神的にも体力的にも疲労が重なり寝込む日が続く。それでも工事は続けられた。ある日、弥惣兵衛が部屋で休んでいると美しい女性が訪ねてきた。
 ミズハと名乗るその女性は実は龍女神の娘であった。ミズハは弥惣兵衛に工事をやめるように懇願する。私たちのふるさとが無くなるのはつらいですと。

 けれども弥惣兵衛の信念は変わることがなかった。私もふるさとはある、帰りたい。でも私にはやらねばならないことがある。民が幸せに暮らすために自分の役割を果たすまでは帰れないと話す。
 やがて、弥惣兵衛の純粋なまでの生き様を知ったミズハは弥惣兵衛に協力しようと心に決める。

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 ミズハ役に有島華子さん、そして龍女神にゲスト出演の可純小春さん。可純さんは若い頃の椿役としても出演。踊りがうまい役者さんだ。ほかの踊り手たちは龍のウロコ役です。
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  可純さんの「亀の川念仏踊り」は可憐な美しさが、龍女神の踊りは妖艶さがあり、不思議な魅力のある女優さんです。

 
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# by kigaaris | 2014-03-15 23:46 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男 ー(5)

 藤白峠で出会った不思議な女性、望月太左衛門の娘、椿はその後紀州藩から江戸へ、吉宗の奥方の世話のために出仕していた。

 ある日、お局の部屋で何者かが大奥の奥方の朝の御膳に腐った米を混入したことを知る。その責任を米奉行である井澤弥惣兵衛がとらされることとなり、老中から呼び出された弥惣兵衛は蟄居謹慎を言い渡される。見沼と飯沼の工事が終わるまで待ってください、と必死に懇願する弥惣兵衛であるが、老中の態度は厳しいものであった。

 謹慎の最中に見沼から工事取り下げの願いを持ってきた名主たちに対して、弥惣兵衛は「これはお上が決めたこと、子どもや孫の将来の為にいま、なさねばならないことがある」と民をさとす。「責任はだれがとるのですか?」という質問に「すべては私が責任をとります」と言い切る。

 やがて局と椿の陰の働きによって、また吉宗の取り計らいにより、大奥の腐敗米の容疑が晴れ、弥惣兵衛は見沼へと出立する。出立の朝、息子正房に留守頼んでいく。正房役に久保悦子さん。
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  弥惣兵衛が江戸で勘定奉行となっていることを知った椿は、ふるさとの紀州へ帰る前に一目会いたいと思って別れを告げにくる。しかし、弥惣兵衛は見沼へ出立したあとであった。
 初老の椿役に西知美さん。今回、西さんは御殿女中役と見沼の伊奈郡代役の3役に挑戦している。
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 見沼の検分に訪れた弥惣兵衛はそこで万年寺の住職に会う。見沼の農地開拓の依頼がこの住職から出されていた。住職は江戸時代のはじめ、見沼八丁堤が土地の郡代伊奈氏によって築造されたが、見沼全体を潤すものではなく、各地で争いが絶えないと話し始めた。
 万年寺住職にすみたに兄弟の兄のまさとしさん。いつものお笑いが出せずに、今回は真面目な役に取り組んでいただいた。
 住職はさらに見沼の湖にすむ竜の話を始めた。また、若い美しい娘の跡をついていった若者が消えてしまった話など。
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# by kigaaris | 2014-03-15 23:02 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男-(4)

 才蔵はとてつもない事を考えた。遠くの山から農業用水をひくために、大きな河川の下にもう一つの川を作り流すという伏越しと、川の上を用水路専用の橋で超すという掛渡井(かけどい)を考案した。莫大な費用と人がかかる。失敗すれはともに死罪である。しかし弥惣兵衛は上司に懇願し、その工法で開拓工事を始めたのであった。紀州藩は弥惣兵衛と才蔵たちの働きによって河川が強化され、備蓄米がふえ、赤字経済から脱却することができた。紀ノ川周辺の用水路や亀の川用水はこの時に整備されたものである。

 けれども江戸表では深刻な米不足による飢饉が続いた。武士の報酬は米の禄高で決められていた時代である。飢餓で多くの人が飢え死にする有様であった。
 そのような時に吉宗が8代将軍となり江戸に赴く。吉宗は商人や農民が農地の権利を持つ民間資本参加の政策を打ち出した。間もなく為永が紀州から呼び出され、農地開拓の総責任者である勘定奉行格となった。関東の関八州をはじめ、飯沼、見沼での検分と工事が始まる。

 すみたに兄弟の弟のよしひろさんが筧播磨守(かけいはりまのかみ)役で登場(右)壮年の弥惣兵衛は和佐裕一郎くん。長い台詞をよく覚えられたと感心している。
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 工事は難関をきわめた。また工事に反対する農民たちも多く、名主とともに江戸表まで取り下げ依頼状をもってやってきた。そのような時、幕閣の同僚である筧播磨守が弥惣兵衛を信頼し助けてくれる。その背景には吉宗の弥惣兵衛にたいする絶対的な信頼があったからである。
 見沼の農業用水路工事に反対する名主たち。佐々木塾長(右)と松浦誠くん(左)はともに初舞台だそうだが、役になりきっていた。 
 
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 こちらは飯沼の名主たち。江戸表の高札をみて民間資本参加を申し出るが、実際には金策に困っていた。なすすべがなく困りはてていた時、江戸表から弥惣兵衛の手紙が届く。民が負担のお金を弥惣兵衛が立て替えて払ったという。弥惣兵衛の寛大さに喜びのあまり走り出す。
 ゲスト出演の伊藤未来くんは吉宗、佐平太(名主)、高田茂右ヱ門(鈴木の兄)の3役をこなした。川田将也くんも紀州藩の家臣大島伴六、源太郎(名主)、鈴木文平の3役をこなす。
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 地図を広げて見沼代用水の説明をする。弥惣兵衛の老年期役は有本勝則さん。バックスクリーンにも絵図を映し、観客が分かりやすいように工夫をこらしている。
 しかしこの時、江戸表では見沼代用水の干拓事業を阻止しようとする者の策略で大奥に事件が持ち上がる。
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# by kigaaris | 2014-03-15 22:04 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)