東 道のきのくに花街道

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吉宗を支えた男-(1)

 昨年11月24日、劇団KCMのミュージカル「吉宗を支えた男“井澤弥惣兵衛”」を海南市民交流センター内ふれあいホールで公演した。平成25年度和歌山県文化振興事業補助事業として開催、「2013有間皇子まつり共催 ウオーク万葉&ミュージカル“井澤弥惣兵衛”」が正式名称。
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  当日は朝からウオーク万葉があり、阪井の打垣内正氏宅前の万葉植物園からスタート、井澤弥惣兵衛の故地を歩き終点の野上八幡神社から貸切バスで会場に移動、ミュージカルは14時30分開場、15時開演となった。この日の観客は220名、出演者は20名というKCM公演ではこれまでにない大がかりな舞台となった。
 脚本・演出は東 道、時代劇演出と所作指導に東映太秦映像監督の中野広之氏、構成・振付はRiya、殺陣指導に佐々木浩敏氏の協力をいただいた。また、この公演のために挿入歌「藤白」と「太陽の人」をザ・ビートの岡村康司さんが作曲、「藤白」は東 道の作詞で西浦晴美さんが演奏、大川拓哉さんの歌でCDの制作となった。
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# by kigaaris | 2014-03-14 23:25 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

あがらの和歌山シリーズ第8弾出版記念パーティ

 和歌山のええとこを紹介する本「あがらの和歌山 ええとこあらいしょ和歌山」シリーズ第8弾が刊行され、3月8日、アバロームきのくにで出版記念パーティが開かれた。
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 紀州文化の会(代表大江 寛氏)はこれまで和歌山のええとこを探して川柳や人間、古い写真集、歴史、地名、方言などをテーマに編集発行し、昨年10周年をむかえ、県知事賞を受賞した。「人生いろいろ」が2冊、「あがらの和歌山」が8冊目の刊行となる。

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  今回10冊目の内容は特に有名な人や歴史だけでなく、県内各地に伝わる伝説や神話、口伝なども掲載し、幅広い内容となっている。読んで面白く和歌山のいろいろを知ることのできる貴重な本だ。
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  内容の一部を紹介させていただくと、和歌山城あかずの門、日本最後の仇討、アルサロの話、いときり餅、歌声喫茶、お菊さんの皿、和歌山の方言、県民性、熊野比丘尼、和歌山の古戦場、さざれ石、などなど・・・私たち和歌山県人として知っておきたいこと、200話あまりを掲載している実は私も筒井洋和さんの紹介で2話、「有間皇子まつり」と「井澤弥惣兵衛」のことを書かせていただいた。海南市のウオーク万葉とミュージカルのことをPRさせていただき本当に有難いことである。勿論、記念パーティに参加させていただいた。
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この日、アバロームに集まったのは政界、財界で知られる人など和歌山の文化人たち430余名。和歌山のええとこを見直し、発信して行こうという主催者の挨拶に拍手を送った。  


# by kigaaris | 2014-03-13 22:08 | 本紹介 | Comments(0)

春 みいつけた!!

 春は名のみの寒さかな、今年はいつまでも寒いし・・・と思っていたら、家の前でつくしを見つけました。ちなみに私の家は猫のタマ電車で有名な貴志川線ぞいにあります。周囲はミカン畑ばかりで、このあたりは冬は本当に寒いですよ。でも、つくしを見たらもう春ですね、という気分になってきました。(3月8日の写真です)
 
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# by kigaaris | 2014-03-12 22:10 | 日本の花 | Comments(0)

亀の川念仏踊りを市民会館で

 2月23日、海南市民会館で海南市公民館連絡協議会主催の第9回芸能発表会が開かれ、海南市の集会所をふくむ11館の学級とサークルが日ごろの練習の成果を発表、200人を超える人たちがそれぞれの発表に拍手を送っていた。私たちは南野上公民館代表として「亀の川念仏踊り」を披露した。
 
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  亀の川念仏踊りのルーツは南北朝時代にさかのぼる。正平3年(1347)楠正成の嫡男正行(まさつら)の家臣である佐々木兵内兵衛とその一族が、大阪四条畷での戦いに敗れてこの地に逃れ住みついた。その激戦の様子を語りつぎ平和の大切さを末代まで伝えたいという願いから始まった。

  昭和56年海南市無形文化財に指定されたが、その後、継承者がなく途絶えていた。私自身、30年前にその踊りを見た記憶があり、歴史民俗資料館に問いあわせたところ、運よくDVDが残っていたので、劇団KCMの正木さんに依頼しCDとして復活することができた。

 当時、詩を唄っていたという土井義弘さんにお会いし、5月から公民館のサークル活動として始まった。唄と三味線は民謡教室の人たちが、そして踊りは私の担当。公民館のバレエエササイズの受講生たちが参加。また南野上小学校の「夏休み 早寝 早起き 朝ごはん」行事の中でも校長にお願いし、今年は亀の川念仏踊を全生徒が体育館で稽古させていただいた。その中から森脇悠翔くんと大翔くんの兄弟が「ミュージカル“いざわやそべえ”」の中で念仏踊りに出演し、今回の発表でも大人に交じって踊った。

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 踊りは「刀踊り」と「念仏踊り」とで構成されている。これからもふるさとの歴史と、日本の伝統文化を大切にして継承していきたいと願っている
# by kigaaris | 2014-03-12 21:48 | 海南市無形民俗文化財 | Comments(0)

寒風の中、大辺路の富田坂を歩きました。

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 もうこれ以上は歩けないと思った頃、ようやくお弁当タイムです。陽のあたる風のこない場所を探して座りこみます。お弁当を食べている間は動かないので寒さがジンジンとこたえます。
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 昼食をがすむと、すぐにまた歩き始めます。これまでは古道の右手の景観を眺めながらでしたが、午後からは左手の景色を見ながら歩きます。個人の山林という自然林がとても美しい眺めです。


# by kigaaris | 2014-03-09 19:22 | 熊野古道ウオーク | Comments(0)

寒風の中、大辺路の富田坂を歩きました。

 いまのように道路網が発達していない時代、古道は官道でした。馬で伝令を伝えた為、各地に伝馬所がありました。今の郵便局のような役割でしょうか。近くに馬谷城跡があり、地元の豪族の山城であったそうです。富田坂は七曲坂とも言われ、つづら折れの急な登り坂が続きます。七曲坂を上りきった辺りの右手に白浜空港が見える所がありました。
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 まだまだ登り坂は続きます。足元は石ころが多く、うっかりすれば足を取られそうです。ようやく峠の茶屋跡に来ました。
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 もう登り道は終わりですか古道の脇に古びた小さな石仏が立っています。頭の部分が欠けていてあとからくっ付けたのでしょうか?

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# by kigaaris | 2014-03-09 19:01 | 熊野古道ウオーク | Comments(0)

寒風の中、大辺路の富田坂を歩きました。

 KIGA(熊野・高野国際語り部の会)は平成16年12月に設立、和歌山市と田辺市で英語の語り部研修会を2年間継続し、平成19年和英のガイドブック『熊野・高野へのふるみち』(中辺路版)を発行、21年には紀伊路版を発行しました。(KIGAのHPはhttp://kiga2.yu.to                 

 英語ガイド研修会は終了したけれど「熊野古道を歩きたい!」という私の思いは抑えきれず吉田圭治さんと相談し、平成22年6月に「KIGA熊野古道歩こう会」を再開し、大阪の窪津王子から歩き始めることとなりました。

 毎月1回、時として休会もあり3年余りがすぎました。昨年3月、27回目で本宮大社へ参詣がかない、満願成就となったわけですが・・・。熊野古道はまだまだ続いています。私の歩きたい!という思いもまだまだ続いています。昨年12月には新宮の速玉神社へお詣りすることができました。

 熊野三山の二社はお詣りできたのですが、那智大社とその裏山に続く大雲取超え、小雲取超えがあります。問題は私の体力が維持できるかどうかです。自信はあまりないのですが、念ずればなんとやら、同行の皆さんと相談しながら・・・歩ければ良いなと思っています。

 3月6日、前日からの悪天候がすっきり晴れて、かなり寒い日でしたが歩きました。
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 貸切バスで42号線を走り、富田橋をこえて高瀬川を渡ったあたりでバスを降り、歩きはじめました。
 この日は白浜の語り部の会で「熊野人倶楽部」(くまんど)の会長の浜田さ八洲男さんがガイドして下さることになりました。こちらの行き違いで前日にお願いしたにもかかわらず快く引き受けて頂きました。KIGAの田辺支部(TIGA)会長さんで現白浜町長の井澗誠さんの紹介です。本当に助かります。
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 今日の参加者は31名、スタート地点でストレッチ体操をすませ歩き始めました。
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長澤芦雪で有名な草堂寺の前を通り、石垣に沿って歩きます。
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 急な上り坂を約300mほど歩くと、道の左手に一里松跡の石碑がありました。徳川頼宣公の時代に和歌山城から一里ごとに松を植えて距離を示したものです。
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# by kigaaris | 2014-03-09 18:35 | 熊野古道ウオーク | Comments(0)

ウオーク万葉2013 日本の植物の宝庫

 弥惣兵衛の記念碑から新亀池へ抜ける雑木林の中は、日本の植物の宝庫のような樹木が生いしげる小道が続いています。そこはまるで異次元のような空間です。この日の参加者たちはしばし、タイムスリップした気持ちで歩きました。
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# by kigaaris | 2014-03-04 00:28 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

ウオーク万葉2013 亀池の畔に立つ井澤弥惣兵衛の記念碑

 亀池の中ほど北側の土手に、井澤弥惣兵衛の記念碑が建っています。海南市溝の口に生まれた弥惣兵衛為永は子どもの頃から文武両道にたけていたそうです。武術は「黒沢山の天狗に教わった」と自ら語ったとか。将軍吉宗とともに江戸に赴き、関東平野や飯沼、見沼の河川を強化し、農地開拓をなしとげ、江戸幕府の享保の飢饉を救った人物、井澤弥惣兵衛は実は海南市出身であることは地元ではあまり知られていないようです。
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# by kigaaris | 2014-03-04 00:18 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

ウオーク万葉2013 亀池の景観

人工の池と言っても川の水源から水路、地盤まで計算しつくしてできたものだそうです。
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# by kigaaris | 2014-03-04 00:09 | 海南・万葉の会 | Comments(0)