東 道のきのくに花街道

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2016-6月公演 オズの魔法の国~新たなる旅立ち~ー3

 エンディングの場面です。赤いマントを着たのは辻くん。語り部のアンドリューの役で。
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 暑い中、南野上小学校の体育館へお出かけいただいた観客の皆さま、本当に有難うございます。
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 本番は緊張しますが、オズは今回で5回目。出演者たちも気合が入っています。
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 公演が終わって、はるとくん、ひろとくんが出演者たちと記念撮影です。
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 観客の皆さまにも入っていただき記念撮影しました。スタッフ、キャストの皆さん、お疲れさまでした。少し休んでまた8月公演へむけて、心を合わせて頑張りましょう。
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by kigaaris | 2016-06-27 00:34 | 劇団KCM | Comments(0)

2016-6月公演 オズの魔法の国~新たなる旅立ち~-2

 舞台が始まる前に、魔女たちの集合写真です。この時は全員にこやかですが・・・。
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 舞台の上ではこわーい魔女に変身します。
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 魔界の王、シルバさまにRi-yaさん。
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 こちらはオズ大王さま(有本さん)
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 魔女がもう一人いました。谷口さんも悪い魔女です。
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 池田さんも魔女?でも、こちらは良い魔女です。
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by kigaaris | 2016-06-26 23:59 | 劇団KCM | Comments(0)

2016-6月公演 オズの魔法の国 ~新たなる旅立ち~

 週末、雨が続いていましたが今日は快晴です。南野上小学校体育館で「オズの魔法の国~新たなる旅立ち~」を公演させていただきました。南野上人権尊重推進委員会、たんぽぽの会(婦人会)、公民館などの主催です。ゲスト出演の椿 悠さんと一緒に集合写真を撮りました。 
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  主演の仲岡さん(中央)、有本さん(右端)、谷口さん(左端)。
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 たつまきの踊りを魔女たちが踊っています。
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 ドロシーと仲間たち。ブリキくん、案山子さん、ライオンくん。
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      ドロシー(仲岡由佳さん)
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 魔王シルバの妹・ビビ役には椿 悠さん。
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by kigaaris | 2016-06-26 23:38 | 劇団KCM | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 紀伊宮原~湯浅へー2

 一里松をあとに、糸我稲荷神社を見て峠への道を上ります。雨のあとの雲雀山コースは滑りやすく危険なのでまたの機会にし、糸我峠への道を歩きました。曇り空でそれほど暑くもなく、さわやかな風があり、心地良く歩くことが出来ました。 
 峠の頂上で記念写真です。撮影者の正木さんは入っていません。
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 糸我峠の少し手前、有田の街並みの景色が広がっていました。
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 峠を下ると逆川(さかがわ)神社です。境内に逆川王子の石碑があります。この近くの川が海に向かわずに、逆さに流れていることがこの名の由来です。お弁当は逆川神社の少し手前の、吉川憩いの家で。トイレが使えて便利です。
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 方津峠でお地蔵さまの手を合わせて、すぐ右手の細い道へ入ります。これが熊野古道です。峠を下り、元郡民体育館(現スポーツセンター)へと歩くと、体育館の敷地内に一里松の石碑があります。和歌山城から6里だそうです。今は松が枯れたので、石碑も内側をむいていますが。
 古道は湯浅町内を流れる山田川にでました。午後1時半。予定より早く歩いています。 
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 「北栄橋」を渡ると醤油の香りがプーンと漂ってきました。ここは日本の醤油発生の地です。いまも手作り醤油を生産している「角長(かどちょう)」さんへ。醤油資料館と醤油蔵を見せていただきました。かつて、醤油は山田川の河口から海路で日本国中へと、その販路を広げていきました。
 湯浅の町並は「せいろミュージアム」と呼ばれ、各家々が軒下にせいろを飾り、その中に和歌や花、人形など、和のアレンジをしています。
 角長さんから街並みを見ながら古道に戻ります。
 しばらく歩くと右手に立石の道標が立っています。「きみゐでら」と刻まれています。右面には「すく くまのみち」と。良く見ると上のほうに手の形があり北を示しています。北栄橋をさしているのです。天保の時代、日本全国が飢饉になりました。餓死人が多く出て、土地を持つ人は自分の土地に埋葬されますが、土地を持たない貧しい人は橋の下に埋められたそうです。北栄橋にはそんな歴史の秘話が伝わっています。(松原右樹氏より)
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 熊野古道は湯浅駅前をとおり広川への橋を渡り、川に沿って国道42号線へ向かっています。今日は近道をしてJRの高架下をくぐり、明恵上人ゆかりの勝楽寺への道を歩きました。勝楽寺には重要文化財に仏像が安置されています。
 午後3時。かなり暑くなってきて、雨傘が日傘になりました。
 勝楽寺の後方に「紀伊国屋文左衛門船出の碑」が建っていました。ここから国道42号線に出て、数百メートル歩くと久米崎王子です。古道はこのあと、井関王子、河瀬王子と続いていますが、今回は久米崎王子までとし、湯浅駅へ戻ることにしました。
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by kigaaris | 2016-06-25 21:50 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 紀伊宮原~湯浅へー1

 6月23日(木)昨夜から大雨が続いています。警報が出たらおやすみ、となっているKIGAの歩こう会ですが・・・。警報がでないのでとりあえず宮原駅へ。集合時間の午前8時45分ごろには雨が小やみになってきました。集まったのは7名です。正木さんが少し遅れて、得生寺で合流し8名となりました。雨にもまげず・・・皆さん。本当に熱心です。

 有田川の渡し場跡の碑です。古い時代には橋もなく堤防もなく、熊野詣での旅人は雨が降り続いたら幾日も川岸で待ち続けました。
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 長い橋を渡って川岸を上流へ数百メートル歩き、国道42号線を横切って路地を入り、山手に向かって歩くと、住宅の並ぶ路地の右手に得生寺の大きな標識が立っています。
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 徳生寺は中将姫の隠れ住んだ寺として知られています。 
 中将姫は右大臣の藤原豊成の娘として生まれました。幼い頃に実母を亡くし継母の照代の前に育てられます。琴の名手で、ある時、聖武天皇の前で琴を弾いたとき、その素晴らしい音色に聖武天皇から「中将姫」の名を賜りました。けれども照代の前は不覚をとります。
 美しく才能あふれる中将姫を、継母は次第に憎むようになりました。やがて弟が生まれました。継母は中将姫を殺そうと毒饅頭を中将姫の部屋においたのですが、それを弟が食べ、亡くなってしまったのです。
 継母は家臣の伊東春時に中将姫を殺すように命じました。この雲雀山まできた時、一心に経を読む中将姫の姿を見た春時は、刀を捨てて中将姫を守ろうと決心します。名を得生とし(妻は妙生)草庵を結び安養庵と呼びました。
 その後、中将姫は父と再会し、奈良の当麻寺へ尼僧として入ります。29歳の時、25菩薩に迎えられ昇天します。
 室町時代に西山浄土宗の明秀光雲上人が紀州に入り、庵は改宗され雲雀山徳生寺と呼ばれるようになりました。
 毎年、5月14日に「中将姫会式」があり、地元の子ども達が25菩薩の姿となり、開山堂から本堂へ練供養が行われています。25菩薩練供養は和歌山県無形民俗文化財に指定。
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 「足代(あて)過ぎて 糸鹿の山の桜花 散らずあらなむ かえり来るまで」(万葉集巻7 詠み人知らず) 
 大同元年(806)在田郡と改められるまで、この地は安諦(足代、河堤)とよばれていました。あさがほ(現在のききょう)が綺麗です。
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 得生寺の境内の隣の「一里松」です。藩主徳川頼宣の時代、和歌山城を起点に一里ごとに松が植えられました。現代の松は3代目とか。
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by kigaaris | 2016-06-23 23:55 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

万葉植物園でヤマモモの収穫

 草刈りをしながら、ヤマモモも気になっています。勿論、私たちは南がわの実をいただくことにします。少し、高い位置にあるので、枝をしなわせて・・・そこは私も市川さんも山の子です。任せてください。
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 本日の収穫です。今年は春先に雨が多かったせいでしょうか、実が大きくてそろっています。
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 そろそろ、体力の限界です。腰も痛くなってきました。でも畑の真ん中がこんな風ではまだまだ帰れません。
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 15時30分。畑の中央の道だけは何とか通れるようになりました。暑い中、6時間あまり、二人で本当に良く頑張ったと思います。あともう一日あればもっと綺麗になるのですが。
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by kigaaris | 2016-06-18 23:39 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

万葉植物園の草刈り

 梅雨があけたというのに、雨ふりの日が続きました。久しぶりに(1年ぶり?)に海南市阪井の打垣打万葉植物園へ草刈りに行きました。
 故打垣内正氏は和歌山大学や奈良の大学で音楽の先生として教鞭をとられ、和歌山県内では多くの小学校、中学校の校歌の作詞・作曲をされました。また万葉集に曲をつけたことで有名です。洋画家の雑賀紀光氏とは実のご兄弟です。
 その打垣打正氏の愛した庭(畑)をお借りし、海南・万葉の会で「万葉植物園」として万葉ゆかりの植物を育てています。
 今日は市川さんと一緒です。おりしもヤマモモの実が色づき始めていました。
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 入口周辺は一面に草がはえています。とりあえず、今日は道路に面したところだけでも刈りたいと思います。
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 午前11時30分。3時間かかって綺麗になりました。今日の予想気温は30度。実際にはそれ以上に上がった気がします。暑くなってきました。水分補給し昼食タイムです。近くのスーパーへお弁当を買いにいきました。
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 12時30分。暑いし帰りたい気持と、もう少し綺麗にしたい気持ちが交差しています。市川さんの、このヤマモモの木の下だけでも刈りましょう、との言葉に押されて、午後も頑張ることになりました。
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 15時。ヤマモモの木に下がこんなに綺麗になりました。釜を持つ手ではなく、草を持つ手が硬直してきました。何とかマッサージでごまかしながら・・・。春先から植物園の草刈りにいかなくては、と半ば脅迫神経症のように気になっていたのですが・・・・。気持はすっきり良い気分です。
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by kigaaris | 2016-06-18 23:12 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

2016・6月公演 オズの魔法の国

 劇団KCM 2016年6月公演のお知らせです。
 6月26日(日)16時から南野上小学校体育館で、「musical オズの魔法の国ー新たなる旅立ちー」を開催します。入場無料です。ぜひお出かけください。
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 原作 L・Fポーム   脚本・演出 Ri-ya 
 出演 椿 悠(特別出演) 有本勝則・池田多美・今井伸樹・江川 望・川田将也・菊井佳奈  
    坂口裕美・谷口由香・辻 典弥・仲岡由佳・中村李弥・正木吉紀
 主催 南野上人権尊重推進委員会 南野上公民館 
 共済 南野上小学校 たんぽぽの会(婦人会)


以下は稽古風景から。魔王シルバ様と魔女たち。
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 シルバの妹ビビに椿 悠さん(中央)とドロシーに由佳さん(左端)
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オズの国の大王に有本さん。

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 ドロシーと仲間たち。左のブリキくんは初出演の今井くん。案山子は代役の裕美さん、ライオンくんには将也くん。皆んな、頑張っています。
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by kigaaris | 2016-06-12 19:23 | 劇団KCM | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 海南~宮原へー6 

 藤白峠の南面は上りよりさらに急坂です。熊野古道は車道の左手に、いきなり狭い道に入る所が3か所あります。小さい表示を見落とさないように注意が必要です。
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 橘本王子は阿弥陀寺境内にあります。境内の芝生を踏まないように気をつけましょう。
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 阿弥陀寺から右手(西)の山に向かって歩くと福勝寺の石段が見えてきます。石段手前の右の方に石碑があり、「六本樹橘創植の地」と書かれています。ここは六本樹の丘と呼ばれていました。
 垂仁天皇の時代、田道間守(たじまもり)が常世国(中国)から橘の木をもって帰り、6本をここに植えた伝説があり橘本王子の由来となっています。紀州温州蜜柑の発症の地ともされています。橘は非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)と呼ばれていました。 
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 福勝寺へ登る石段の脇に石仏や卒塔婆が並んでいます。熊野古道沿いにあったのを集めたと思われます。
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 加茂川に架かる木の橋を渡ります。かつてここには土橋が架かっていました。北側にお地蔵さんが、南側には三界萬霊碑(寛政5年(1793)が立ち、武士から庶民まで行きかう交通の要所でした。
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 南側の石碑です。三界萬霊碑の文字が読み取れます。
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by kigaaris | 2016-06-07 00:15 | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 海南~宮原へー5 藤白峠の頂上へ

 18丁石仏を過ぎると藤白峠の頂上です。県内四大宝きょ印塔(ほうきょいんとう)のひとつです。地蔵峯寺の境内にあったので、寺と同じ時代の15世紀前半に建てられたと考えられます。(説明板より)
 宝きょ印塔は法きょ印陀羅尼経のお経をおさめることにより、もろもろの功徳が得られると考えられていました。高さ12,5尺(3,788m)あります。 
 地元の伝説では大野城の城主の山名義理がこの地から由良の興国寺に逃れた時、ここに建てたという説もありますが確証はありません。
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 地蔵峯寺に着きました。
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 地蔵峯寺の中の大きなお地蔵さまは緑泥片岩の一枚石を削って作られています。光背に作者の名があり「勧進聖沙門心静(ごんのひじりさもんしんじょう) 元享(げんこう)3年(1322) 大工薩摩守権行径(さつまのかみごんゆきつね)」と刻まれています。一枚岩で彫った石仏としては最大級のものだそうです。先に仏像が作られ、お堂は後の時代に建てられました。
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 地蔵峯寺の右側から後方にまわると御所の芝です。後鳥羽上皇たちもこの景色を眺めたのでしょうか。昭和30年頃までは美しい海岸線でしたが、今はびっしりと建物が立ち並んでいます。中央の名草山は今も昔も変わらない風貌を保っています。
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  足元に珍しい万葉時代にシダが生息していました。
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by kigaaris | 2016-06-06 23:16 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)