東 道のきのくに花街道

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熊野古道・紀伊路 伊太祁曾~海南へ

KIGA歩こう会 2016年4月~5月のご案内
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伊太祁曾~藤白神社へ

 ツツジの花が街路路を彩る季節です。熊野古道歩こう会、4月は紀伊路の伊太祁曾から口須佐をぬけ、武内宿祢誕生の井戸、白鳳時代の瓦が出土した薬勝寺、名草とべが殺されたと伝わるくも池を通り、海南市の藤白神社へ向かいます。
 歴史街道歩こう会は5月5日はお休みとさせていただきます。

・日時 平成28年4月28日(木)
・集合
 貴志川線・伊太祁曾駅 9:00(JR和歌山8:29発⇒伊太祁曾8:40着が便利です)
・コース予定 
 伊太祁曾駅➡奈久智王子➡武内宿祢誕生の井戸➡四つ石地蔵➡松阪王子➡くも池(徳本上人銘号碑)➡汐見峠➡松代王子➡菩提房王子➡日限地蔵➡祓戸王子➡藤白(標高差なし 9,2km)
・持ち物 弁当、飲料水、雨具、保険証など。
・参加費 500円

☆障害保健は提要していません。各自で任意加入お願いします。
☆雨天決行。前日午後8時の天気予報で警報が出た場合は取りやめとさせていただきます。

  KIGA 熊野・高野国際語り部の会
     ℡・fax 073-478-2711
     e-mail
kiga@silk.plala.or.jp (東)

  



by kigaaris | 2016-04-24 23:05 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

万葉ウオークと公演「有間皇子をたずねて」

平成28年和歌山県文化振興事業補助事業

きのくに万葉ウオークと公演
「有間皇子をたずねて・田辺から白浜をあるく」

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和歌山の美しい自然と歴史、伝統文化を未来へ継承し、県内外へ、海外へ伝えることを願って開催します。子どもと外国人はウオークと公演の参加費無料です。

8/26(金)
●万葉ウオーク 田辺から熊野古道にそって万葉の道を歩きます。
*集合 13:00 JR田辺駅(専用バス)三須廃寺➡(歩く)三栖王子➡八上王子➡田中神社➡(バス)稲葉根王子➡興禅寺(だるま寺)➡(歩く)市の瀬王子
➡(バス)白浜駅➡宿舎
●万葉交流会 共催組合「むろべ」 19:00~ 各地の万葉情報交流会
8/27(土)
●万葉歌碑めぐり 
白浜の万葉歌碑を巡って歩きます。 
*集合 9:00 白良浜ロータリー ➡熊野三所権現➡貝寺(本覚寺)万葉歌碑①
➡白良浜万葉歌碑②➡牟婁の湯(白良媛物語)➡エネルギーランド有間皇子の万葉碑③➡先の湯万葉歌碑④➡桟橋万葉歌碑⑤
*講師(順不同・敬称略)村瀬憲夫(近畿大学名誉教授)/ 山元 晃(紀伊風土記の丘) / 馬場吉久(信愛高等学校)
●伝統の踊りと公演
*会場 紀南文化会館(田辺市)小ホール
:開場 13:00 :開演 13:30~16:10 (予定)
≪第1部≫いな踊り(海南市塩津)/亀の川念仏踊り(南野上)ほか
≪第2部≫『ろうどくげき 有間皇子』
:脚本 東 道 :振付 Ri-ya
:出演 西浦晴美 / 正木吉紀 ほか
出演者募集中!
【主催】海南・万葉の会
 【共催】紀伊万葉ネットワーク・海南無形民俗文化の会
・KIGA熊野高野国際語り部の会・劇団KCM 
【協力】海南文化協会・海南市民会館・南野上公民館
【後援(予定)】 和歌山県教育委員会・和歌山市・和歌山市教育委員会・海南市・海南市教育委員会・田辺市・田辺市教育委員会・白浜町・白浜町教育委員会

*ウオーク参加費 500円(2日間) *万葉交流会 6000円
*27日の伝統の踊り+朗読劇”有間皇子” 入場チケット 1500円
*宿泊費14000円(むろべ。交流会費含みます。先着60名)
★全コース参加 16000円(子ども9000円)

☆参加事項を明記し下記にお申込みください。(要予約・締切は6月30日)

【お問合せ・申込】640-0302 和歌山市永山83-5
℡・fax 073-478-2711
E-mail kiga@silk.plala.or.jp (海南・万葉の会 東 道)






by kigaaris | 2016-04-17 01:28 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 川端王子~伊太祁曾神社へー6

 伊太祁曾神社の拝殿です。
 イタケル三兄妹神ははじめ、秋月の日前宮の地に祀られていましたが、AD700年頃(聖武天皇の時代)亥の森に遷座となりその後、現代の地に分祀されるようになりました。オホヤツヒメは高積山に、ツマツヒメは吉礼に、それぞれ主祭神は違いますが三神が一緒に祀られています。
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 気生神社です。イタケルノミコトは有功に神ともいわれ気力のある神さまです。木=気でもあるのです。元気がなくなった時、ここに来れば気をいただけるかもしれません。
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 予約なしのお願いにもかかわらず、奥宮司さんはとても丁寧にお話を聞かせて下さいました。参加者たちはさっそくメモに書き込んでいます。神様のお話は日本人の原点でもありますが、意外に知られていないようです。
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 神官の衣をきた方がおられたので、写真撮影をお願いしたら快く引き受けていただきました。
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  伊太祁曾神社を出たのが13時10分。まだ少し時間があります。お天気も良いので亥の森へ足を延ばしました。野原の道を歩くこと約15分、亥の森です。
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 今から1300年以上も昔、この地にイタケル三神が祀られていました。今は周囲に家もなく田んぼの中にぽつんと小さな森として残っているのみ。
 鳥居はやはり天板のない古代の様式です。この様式の鳥居は竈山神社とこの亥の森でしか見ていません。鳥居脇の大きな木が時代の変遷を偲ばせています。
 私たちはこのあと、すぐ近くのある KIGAのメンバーの須田さんのご主人の陶芸工房を見せていただきました。和歌山はまだまだ自然がいっぱいだと感じた1日でした。 この日の歩数は22,396歩、14,1Kmでした。
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by kigaaris | 2016-04-15 22:28 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 川端王子~伊太祁曾神社へー5

 青い空に向かって桃の花が伸びています。ここは矢田峠の南側の民家へぬける道すじの景色です。
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 丹生神社の境内の石灯篭と桜がマッチしています。
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 丹生神社でお弁当をいただいた後、竹の里へ下りてきました。車道と古道が交差する道を歩き、平緒王子に着きました。ごらんのとおり、説明版が敗れています。
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 伊太祁曾神社です。予定より早くつきました。
 運よく奥宮司さんがおられ、お話しをお聞きすることができました。

 『日本書記』の神話遍にスサノオノミコトの息子の五十猛命(いたけるのみこと)が妹神のオホヤツヒメとツマツヒメと一緒に韓国のソシモリ(新羅)から木の種をもちかえり日本全国を青山となし、余った種をすべて紀伊国に撒いたのでこの地が木の国(紀伊国)と呼ばれるようになったとの記載があります。
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蛭子神社です。この社の境内に祀られていた22社の産土神が合祀されているそうです。
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by kigaaris | 2016-04-15 21:52 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 川端王子~伊太祁曾神社へー4

 矢田峠の頂上への急な登り坂が続きます。やがて青い空が見えてきて、ようやく頂上につきました。崖の上を見上げると・・・懐かしい徳本上人の名号碑がみえてきました。いまはがけ崩れのおそれがあり、上にあがることはできません。
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 その隣に小さな石仏が2基、枯れ草に埋もれてならんでいます。一つは歯をおさえているポーズの仏像です。熊野古道ではよく見かける石仏で歯痛にご利益があると聞いたことがありますが確証はありません。右ひざを立てています。これは韓国式の正座ですよね。
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 矢田峠の頂上から尾根づたいに歩くと、右手(南)へ下るという熊野古道の標識があります。でもこの日はまっすぐ進んで丹生神社への道を歩きました。すみれの花の群生地です。
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 周囲には何もないという山の中の道でした。ただ道路わきに生活用品の粗大ごみが捨てられていたのは残念です。
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 民家がならぶ里をぬけて丹生神社につきました。地元の人から「たんじょうじんじゃ」と呼ばれています。
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by kigaaris | 2016-04-13 21:11 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 川端王子~伊太祁曾神社ー3

 中筋邸をあとにして熊野古道をさらに南に向かいます。車道と並ぶ旧道は静かなたたずまいです。レンギョウの花が咲いていました。春ですね。
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 古道は車道から右手(西)へ続いていますが、私たちは左手(東)の山裾にそって歩きました。和佐王子です。10年ほど前にコンクリートで整地されましたが、私は以前の畑の中にあった王子社が好きです。王子社も時代とともに変わっています。
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 さらに歩くとお地蔵さまを祀る祠がありました。行き倒れの人の無縁仏でしょうか?それともこの地の古くから住んだ人達が祀る道祖神でしょうか?
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 古道は矢田峠にさしかかりました。3月末の季節にふさわしく山桜が満開でした。
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 トンネルのすぐ手前を左手へ。急勾配の坂道をのぼる途中、左手に役行者の祠があります。注意しないと見落としそうです。
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by kigaaris | 2016-04-13 20:38 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

入学式

 今日は孫の入学式でした。7月で6歳になるから成人式まであと14年・・・私は何歳?ボケていないか心配です。
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by kigaaris | 2016-04-11 21:18 | 家族 | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 川端王子~伊太祁曾神社までー2

 熊野古道は南へ向かって歩く道です。逆に進むことはありません。太陽に向かうのは花や草だけでなく人間にとっても本能なのでしょうね。和佐小学校に続く道です。この周辺の景色はあまり変わっていなくて嬉しいです。この時、桜はまだ1輪、2輪でした。
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  高積山の麓に歓喜寺があるので行ってみました。そこで徳本上人の碑に出会いました。
  運よく住職さんがおられ、歓喜寺の歴史資料をいただきました。以下は歓喜寺の歴史から。 

  1240年、地頭職であった大伴家(和佐家)の菩提寺で薬徳寺と称していた。開基は玉峯和尚であったが別当職の沙弥恵性(しゃみけいせい)に譲った。恵性は北条高塒の弟。その後、戦いが始まり高塒は逃走し行方知れずとなった。

  1248年、京都の蓮光寺を建立の恵鏡(えきょう)上人が延暦寺の末寺とした。  
  1264年~1250年、後鳥羽院の宮女(姫)の大宮局(おおみやのつぼね)が法王菩提のために護摩堂を薬師寺内に建立し、所領の下村・南村(和佐庄の下和佐・三田村)を寄進した。堂塔伽藍が出来上がり、法然怠らずで大宮局の喜びはひとかたではなかった。このことから寺号を歓喜寺と改め、院政を賜わり祈願所とされた。 
  歓喜寺はもと真言宗であったが、この時禅宗となった。
  ここは熊野参詣の接待所であった。紀の川の布施屋も熊野古道の接待所として設置された。

  天正13年(1585)兵火により堂塔伽藍を焼失する。僧兵10数名戦士か?田地没収され、和佐家も全焼するが 古文書は無事に残り現代にその歴史を伝えている。

  天保10年(1839) 『紀伊続風土記』によれば「歓喜寺 井谷山 東西69間 南北66間(約4500坪)をもち、本堂、僧坊、庫裏、鐘楼、倉庫、鎮守社、四脚門」の記載があり、かつては大きな寺であったことがうかがわれる。
 

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 高積山の下の宮につきました。『日本書記』の神話遍に登場するスサノオの子どものイタケルノミコトの妹のツマツヒメを主祭神として祀っています。4月10日がお祭りです。
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 ふたたび古道に戻ります。重要文化財指定の「旧中筋家住宅」。予約すれば見学できます。
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by kigaaris | 2016-04-07 17:20 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

熊野古道・紀伊路 川端王子~伊太祁曾神社へ

 3月24日(木)、熊野古道英語ガイドのメンバー達13名が布施屋駅から歩きました。古道沿いの空地にニラ(くくみら)が満開でした。万葉集に歌があります。

 さはつくの 岡のくくみら 我摘めど 籠(こ)にも満たなぶ 背なと摘まさね     
                           (巻14-3444)
 意味は「さはつく(地名)の 岡のくくみらは私が摘んでも籠に満たないのです。それならあの人と摘みなさいな」(紀伊万葉ネットワーク『万葉草木花』)
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 布施屋駅から歩くこと数分で川端王子です。この王子は中世の記録に記載がなく、江戸時代に和佐に2つの王寺社があり、その一つが川のそばにあったことから川端王子と呼ばれるようになったそうです。 
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 民家の庭先の桃の木です。青い空に向かって伸びています。
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 集落を抜け古道を外れて少し北へ行くと小さな川があります。何のへんてつもなさそうな川ですが、実は・・・この川に架かる橋が地元では小栗橋と呼ばれているのです。
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 ありました・・標識が。小栗橋(おぐりばし)と書かれています。
 熊野古道は小栗街道とも呼ばれ、小栗判官と照手姫が通った道として有名です。      
 常陸(ひたち)国の小栗城城主の息子(京の四条大納言の息子とも)として生まれた小栗は毒酒を飲まされ黄泉国へ落ちるところを、家来13人の嘆願により餓鬼阿弥(がきあみ=ハンセン病?)となってこの世の戻ります。熊野本宮の湯の峯をめざして照手姫とともに旅を続けました。その様子は歌舞伎や浄瑠璃などで語り継がれてきました。
 江戸時代に編纂された『紀伊続風土記』によれば、旧川端王子は現川端王子の西七町(700m)にあったそうです。ここが熊野古道の旧川端王子社に推定されています。
 橋ですか?なんのへんてつもないのでカメラに撮るのはやめました。
 
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by kigaaris | 2016-04-05 00:56 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

紀の川みち・西行法師の里をたずねて 打田~百合山峠を歩く

 KIGA歩こう会4月のご案内 

 桜がいっせいに咲きはじめました。4月は紀の川みち打田駅から下井阪まで歩きます。西行法師が育った里です。近くに美福門院の供養塔があります。打田・荒川あたりでは桃の花が咲いているでしょうか?

 写真は4月1日、雨の中の高積神社です。3月24日にKIGA熊野古道ガイドの会でここを訪れたときはまだ数枚の開花でしたが。1週間の間に見事に花を咲かせました。
 
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KIGA歴史街道歩こう会 4月のご案内
*日 時  4月7日(木)AM9:00
*集 合
  JRわかやま線 打田駅
    (JR和歌山駅8:19発⇒打田駅8:46着が便利です)
*コース予定 打田駅➡東田中神社➡西行法師像➡餓死人塚➡百合山新西国88か所めぐり➡旧大和街道➡下井坂駅(約10km)
*参加費  500円(郵送費・資料代など)
     (交通費・拝観料などは各自ご購入下さい)
【連絡先】 KIGA 熊野・高野国際語り部の会
      ℡・fax 073-478-2711 
      E-mail kiga@silk.plala.or.jp (東)


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 高積神社から高積山へのぼる参道脇の老桜です。高積山は桜の名所として知られています。
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by kigaaris | 2016-04-03 12:21 | KIGA歴史街道歩こう会 | Comments(0)