東 道のきのくに花街道

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2016年1月の歩こう会

2016年1月 歴史街道歩こう会のご案内

奈良・山の辺の道を歩く
桜井駅~大神神社~桧原神社~長岳寺~崇神天皇陵へ

2016年1月は奈良の桜井駅から山の辺の道を歩きます。
*日時  平成28年1月14日(木)
集合  JR和歌山駅AM7:30
 (7:42発快速天王寺行乗車➡9:01発大和路快速乗車➡9:40発万葉まほろば線・和歌山行乗車➡10:0桜井駅)

*コース予定 桜井駅➡つばいち観音➡金谷の石仏➡大神神社(三輪明神)➡玄賓庵➡桧原神社➡東海自然歩道➡樫山古墳➡崇神天皇陵➡長岳寺➡黒塚古墳➡柳本駅(約8、5キロ平地)
*参加費500円(資料代、郵送費など。交通費(JR切符)拝観料などは各自でご購入下さい)
*申込 葉書・FAX・E-mail等でお申し込み下さい。締切は1月10日まで。
*連絡先 640-0302 和歌山市永山83-5 
℡・fax 073-478-2711
E-mail kiga@silk.plala.or.jp KIGA歴史街道歩こう会 (東まで)

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 桧原神社の鳥居は横板のない古代様式です。ご祭神は天照大神です。崇神天皇と-紀伊国のアラカワトベの娘のトホツアフメマクハリヒメとの間の皇女のトヨスキイリヒメがアマテラスの御霊をもってこの地に鎮座され、そののち紀伊国に浜の宮など全国を周って鎮座地を探し、最後に伊勢神宮に鎮座されたそうです。

 長岳寺境内で猫ちゃんのお迎えです。広い境内に猫が数匹いました。
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長岳寺の近くの観光案内所の駐車場にマユミの花が満開でした。
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by kigaaris | 2015-12-27 23:50 | KIGA歴史街道歩こう会 | Comments(0)

山の辺のみち・三輪大明神から桧原神社へ

 18日、アリスの会の「歴史と温泉めぐり」で奈良の山の辺のみちの大神神社を訪ねました。今年、春以来、温泉めぐりはお休みしていたので、久しぶりに逢ったメンバー5人はおしゃべりに余念がありません。皆さん、ご高齢になっても口だけは元気です。
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 大神神社は三輪明神とも呼ばれています。1月のKIGA歩こう会で訪れる予定なので、下見をかねて出かけました。大神神社は三輪山がご神体なので本殿はありません。拝殿だけです。『日本書記』によれば白い蛇だと書かれてあります。卵をお供えしています。
 神社前の鳥居です。古い形態で横にわたす木がなく、2本の棒を垂直に立てただけです。どうして立っているのか不思議です。
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 境内の摂社の鳥居も2本の棒を立てたものです。
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 大神神社から山裾伝いに歩くと桧原神社へ出ます。アリスの会では歩くのが苦手な人が多いので車で移動します。桧原神社への車の道がわかりにくかったのですが、ようやく見つけました。山の辺の道の標識がありました。
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by kigaaris | 2015-12-23 00:02 | アリスの会 | Comments(0)

惜しむ秋

 一昨日(17日)は毎日新聞に「熊野古道みちくさ記」を連載中の熱田さんのお伴をして、市川さんと3人で海南市小野田の通称「おこべさん」(宇賀部大明神)へ行きました。
 宮司さんに「なぐさとべ」公演が無事に終わったことを報告しました。おこべさんといえば、小野田寛朗さんの出身地として知られています。ルパング島で終戦をむかえ、長い間戦争が終わったことを知らずに島で生活していた人です。小野田さんは平成26年1月16日に亡くなられました。
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 小野田さんから寄稿のメッセージ文です。
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中世、後方の山には小野田城がありました。
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 午後は中言神社へ。西知美さんと待ち合わせし、地元の山本善丈さんのお話しをお聞きしました。
 中言神社の北がわの山沿いの道を少し歩くと池があります。地元ではこの池で神武天皇の兄ぎみのヒコイツセノミコの矢傷を洗ったと伝わっています。一方、泉南地方にも茅渟(ちぬ)という地名があり、その地で矢傷を洗ったとも言われています。

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by kigaaris | 2015-12-19 13:18 | ふるさとの歴史を訪ねて | Comments(0)

KCM 12月公演「オズの魔法の国~新たなる旅立ち~」

 12月13日(日)劇団KCMの12月公演が海南市民会館で無事、好評のうちに終了しました。今回の出演者は14名、スタッフは正木さん、辻くん、ゆみさんと撮影係に長谷川さんです。皆さんお疲れさまでした。Ri-yaさんお疲れさまでした。
 南野上公民館の主事さんも一緒に。写真提供・Ri-yaさん。
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by kigaaris | 2015-12-16 11:34 | 劇団KCM | Comments(0)

KCM 12月公演 「オズの魔法の国」を海南市民会館で

12月13日(日)14時から海南市民会館で「オズの魔法の国」を公演します。

:脚本・構成 Ri-ya
:主催 海南市日方公民館・人権尊重推進委員会など。
:ゲスト出演 椿 悠
:入場無料

皆さん、観にきてくださいね。
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by kigaaris | 2015-12-09 22:22 | 劇団KCM | Comments(0)

南の子、公民館芸能発表会に出場

 11月14日から15日まで南野上公民館で「公民館まつり」が開催され、14日の12時30分から始まった芸能発表会に南野上小学校の子どもたち14名が出場、「亀の川念仏踊り」を踊りました。

 夏休みの毎週水曜日の早朝に稽古した「亀の川念仏踊り」ですが、稽古しないで踊ったので、低学年は忘れていたようです。というより覚えていなかったとうのが正解です。 とくに扇踊りは身体を回転させることが多くて、低学年には難しそうでした。

 南野上の次ケ谷に伝わる南北朝時代からの、伝統の踊りを継承するためのこれからも頑張ります。 
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by kigaaris | 2015-12-08 22:39 | わくわくルーム | Comments(0)

世界遺産 丹生都比売神社と天野の里を歩く-2

 12月というのに天野ではまるで私たちを待っていたかのような樹木の紅葉でした。

 天野大社の主祭神は丹生都比売と息子の狩場明神(かりばみょうじん)です。銅(水銀)を司る神として知られています。6世紀~7世紀ごろこの地に住みはじめ、紀の川沿岸や御坊市など県内各地に祀られています。御坊市では「笑いまつり」として有名です。

 空海(弘法大師)が仏教の修行の場をもとめてこの地に来られた時、白と黒の2匹の犬をつれた狩場明神に出会います。狩場明神に案内され、母の丹生都比売の許可を得て高野山を聖地ときめました。

 高野山はその後大火に逢いましたが、1300年が過ぎた今もその信仰は連綿と続いています。 
 天野大社(丹生都比売(にうつひめ)神社とも)の駐車場脇の紅葉です。  
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 平安時代、女人禁制であった高野山に修行僧として入山した男の妻や娘、恋人などか恋しい人をまってこの天野の地に住みつきました。天野は1300年以上もすぎた現代も当時の風景がそのまま残る地です。

 滝口入道と横笛の話
 平家全盛時代、平清盛が花見の宴を催した時、清盛の息子重盛の部下で滝口武者の斎藤時頼がこの宴に参加、この時、重森の妹の建礼門院に仕えていた横笛が舞を披露しました。
 時頼は舞姿の美しい横笛に一目ぼれしてしまいます。 時頼はすぐに横笛に文を送り、横笛もまた時頼のいちずな気持ちを知り二人は恋に落ちたのですが、時頼の父は身分がちがうと二人を許しませんでした。

 傷ついた時頼は出家し嵯峨の往生院に入り名を滝口入道と改め、横笛の未練をたつために仏道修行をしていました。 時頼を訪ねてあちこち探しまわった横笛は往生院で時頼の念しょうの声を聞き逢いにいきますが、時頼は修行中の身だからと逢わずに帰したのです。
 その後、高野山へ入山し高野聖となりましたが、時頼を訪ねて横笛はこの天野に住み、その短い生涯を終えたと伝わっています。
 また横笛は嵯峨の往生院で鶯になって時頼に逢いにいき、そのまま井戸に落ちてなくなったという話も伝わっています。 

 
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 横笛の供養塔の近くに西行法師の妻と娘が住んだお堂があります。 お堂の近くに西行の妻と娘の墓と伝わる石碑がありました。 西行は紀の川沿いの打田庄で預かり所として育ったと伝わり、打田橋に西行の銅像が立っています。
 父は藤原左衛門の条と言い、西行は平清盛と同じ北面の武士でした。当時の政治の腐敗にいや気がさして山野に身をおき暮らす念仏修験僧となったようです。 
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 天野の里を歩いたあと、再び丹生都比売神社に戻り県指定の卒塔婆群をみたあと、九度山の慈尊院に向かいました。
by kigaaris | 2015-12-05 21:18 | KIGA歴史街道歩こう会 | Comments(0)

世界遺産・丹生都比売神社と天野の里を歩く

  11月3日、 昨夜から降り続く雨にもめげず、KIGA歩こう会のメンバー24名が天野の里と慈尊院、そして九度山の真田庵へと歩きました。 

 朝7時30分、JR和歌山駅で貸切バスに乗りこみまずは天野へ直行します。 
 今回は雨のため、高野町石道はあきらめて世界遺産の丹生都比売(にうつひめ)神社と天野の里にねむる平安時代の女性たちの遺跡を歩くことにしました。

 丹生都比売神社は朱を新しく塗り替えたそうで、鳥居が雨にはえてひときわ美しく感じられます。手前の太鼓橋は修復工事中でした。
 
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 境内には紅葉がまだ残っていて私たちを楽しませてくれました。
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  今日はアリスの会当時からの親友で地元に住む矢部マキさんに案内していただきました。貧女の一灯お照の墓へ向かうKIGAのウオーカー達です。
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 高野山の奥の院に千年近く輝く「貧女の一燈」と言われる灯篭があります。お照という少女が自分の髪を売ったお金で養父母の菩提を弔うために献じた一燈です。 
 
 生後まもなく天野の里に捨てられていたお照は養夫婦に拾われ大事に育てられ成長しました。けれどもこの夫婦はやがて他界してしまいます。

 お照はその後、この地に庵をむすび、養父母の菩提を弔うためにその生涯を終えたと伝わっています。 
 天和2年(1682)妙春尼により供養塔が建てられ、貞享5年(1688)天野の郷供僧(ぐそう)浄意(じょうい)が女人の苦しみを救うために代受苦の行を10年間つとめ、ここに碑が建てらました。 

 
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 お照の墓です。この墓の後方上に養夫婦の墓と伝わる碑が2基あります。足元は落ち葉が積もって滑りやすいので気をつけて歩きました。
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by kigaaris | 2015-12-04 00:13 | KIGA歴史街道歩こう会 | Comments(0)