東 道のきのくに花街道

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12月の歩こう会のご案内

KIGA 歴史街道歩こう会12月のご案内

世界遺産・天野大社~町石道を歩く 

 KIGA(熊野・高野国際語り部の会)では毎月1回、和歌山県と近畿地方の歴史を訪ねて歩く会を実施しています。12月は世界遺産の天野大社(丹生都比売神社)から天野の里から高野山の町石道を慈尊院まで歩きます。

 日本の原風景を残す天野の里には、鶯になって滝口入道に逢いにいった横笛の墓、待賢門院礼の墓など、歴史の中の女性たちの佇まいがそのまま残っています。貸し切りバスで移動し町石道は慈尊院までを歩きます。

 下り坂はすべりやすいので参加される方は杖をご用意ください。
(写真は今年6月4日、和歌山県と奈良県の境界線の「飛び越え石」で)
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 *日時 12月3日(木) AM7:30 
 *集合 JR和歌山駅東口
 *コース予定 (貸切バスで)JR和歌山駅➡かつらぎ町 天野大社(丹生都比売神社)➡卒塔婆群➡貧女の一灯お照の墓➡院の墓(待賢門礼院の墓)➡西行堂➡町石道二つ鳥居➡六本杉➡丹生官省符神社➡慈尊院➡九度山町 真田庵
 *参加費 3000円(バス代、資料代、郵送費など)
★障害保健は適用していません、各自で任意加入してください。
★前日18時の予報で大雨などの警報がでた場合は中止となります。

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【申し込みはFAX・E-メールまたは葉書等で下記まで】
KIGA 歴史街道歩こう会
電話・FAX 073-478-2711
E-mail kiga@silk.plala.or.jp (東)
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by kigaaris | 2015-11-25 23:11 | KIGA歴史街道歩こう会 | Comments(0)

なぐさとべ 万葉ウオークと公演を終えて

 全員で集合写真をとりました。
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 8月末から2か月余り「なぐさとべ」ウオークと公演に向けてひたすら走り続けた日々でした。仲間がいて、応援してくださる人がいて、何とか無事に幕をおろすことができました。

 16000年ほど続いた縄文時代の知恵と文化は日本人の源流となり、いまも私たちの暮らしと心の中に生き続けています。自然の中に神がいると信じた自然信仰はその後の山岳信仰となり、熊野古道の心に反映しています。

 地球の自然の大地を必要以上に耕し開墾することに反対したなぐさとべは1600年前に、現代の地球環境の破壊を予測していたのです。

 自らを犠牲にしても困った人を助ける心は熊野のオセッタイの心に通じています。オモテナシよりもっと強い心です。この世で褒美をもらった人は神の国には入れない。黙って良い行いをした人は来世(神の国)で幸せになれると信じた古(いにしえ)人は熊野への苦しい険しい道を歩き続けたのです。

 自然と調和する心、平和の大切さをつらぬいたた名草国の王「なぐさとべ」の、古代からのメッセージがより多くの方々の心に届きますように。未来へと届きますように・・・。  
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by kigaaris | 2015-11-24 22:11 | なぐさとべ をたずねて  | Comments(0)

「なぐさとべ」公演からー3

 全員、最後まで頑張りました。
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 今回の”なぐさとべ”公演では出演者の確保が難しく、全キャストが決まったのは本番の2週間前でした。この物語の中で名草姫の兄のミチネが大変重要な役となっています。けれども適任者が決まらないまま10月となり、さすがにスタッフも出演者も不安を感じ始めていました。

 最後に残ったのが岡村、西、鷹羽、中野(浩一)、中西の5名です。この人数で舞台を成功させなくてはなりません。 そこへ神谷洋子さんが加わったのです。確か朗読をしていたから声はでるだろうとダメ元で声をかけたところ、心よく出演を引き受けてくれました。中野監督の面接も無事に通過しました。

 オープニングの踊りの振り付けの指導者探しも難航しました。劇団KCMの若手メンバーたちは、第1部の踊りの稽古で精いっぱいの状況です。最終的にRi-yaが指導することとなり、KCMから2名が踊りに3名が村人役ででることに決まりました。  

 でもまだミチネがいない!ミチネを探さなくては!と思いつつ、どんどん日にちが過ぎていきます。そして2週間前にNACの旭屋光太郎さんが現れました。 長い台詞をいまから覚えられるだろうかという不安をよそに、翌週には台本なしで稽古に臨まれたのは感心するばかりです。

 
 東は語り部として出演することになり、本役が7名+1名と、これまでのKCMの舞台では最少の人数でしたが、出演者もスタッフの小林さんも、お互いに舞台を成功させたいという思いが高まり気持がひとつとなっていきました。

 こうして直前になり全キャストが決まり、中野監督の熱い指導のもとに全員が熱く燃える稽古となりました。 本番前の2週間が2か月、それ以上の月日をかけたほど中身の濃い稽古となっていくのを感じながら。

 
 パンフレットの原稿を印刷屋さんに出し、あと1週間しかないという時、衣装作成には住民センターの受講生の勇志7名の人たちが手伝っていただき、1日で7名分の衣装を完成するという魔法のような事が出来たのです。

 念じればできる・・・そう信じてやってきたことが実現したのです。

 舞台をおえて、この喜びの笑顔が浮かびました。 左から小弓(神谷洋子)、名草姫(鷹羽未来)、なぐさとべ(西 知美)
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  西さんに花束が贈られました。
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 舞台は初めてという中野浩一さん、イワレヒコの兄のイナイノミコ役です。
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 そして小弓役の神谷洋子さん。
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 なぐさとべと20年後の名草姫の2役の西さん。 
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 少ない出演者で少ない予算でしたが、アマチュアであっても心は一流をめざしたいという東の思いをうけとめて、最後まであきらめず 毎週末に稽古におつきあいいただいた中野監督に感謝です。 
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ご協力いただいたすべての方に感謝もうしあげます。

≪ なぐさとべ ≫ 
  :演出・脚色  中野広之 
  :原作     東  道 
  :脚本構成   小林 薫 / 東  道 
  :振付     Ri-ya 
  :歌指導    西浦晴美 
  :衣装     東  道 
  :小道具    中野浩一 
  :音響/照明   大阪共立株式会社  

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by kigaaris | 2015-11-23 00:06 | なぐさとべ をたずねて  | Comments(0)

「なぐさとべ」公演からー2

 今回の「なぐさとべ」公演ではバックに名草山とくも池の写真がたびたび登場します。3月ごろから撮りためた写真がとても役にたちました。

 「民をまもるために戦わない」いうとべ王と、「戦って守る」というミチネとの間で意見が対立し、ミチネが「あなたとは生き方が違います」と言って宮殿を飛び出したのです。愛する子どもに見放された母の心をなぐさとべが歌います。「愛だけを残せ」。
 バックスクリーンに王と二人の子ども(名草姫、ミチネ)との仲睦まじい様子が次々と映し出されます。中野監督が本番の前日に撮影したものです。

 くも池をバックにイワレヒコ軍のイナイノミコ(兄)が立ち、とべ王の息子ミチネが和平の交渉に現れます。「この国をそっとしておいてほしい。ほしいものはなんでも差し出す」というミチネ。けれども とべ王が「何も差し出しはしない」と言って現れます。
 イナイノミコとイワレヒコの間でも意見が対立し、怒りに狂ったイナイノミコが突然、なぐさとべを刀で刺してしまったのです。
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 母を刺された名草姫は驚いて家臣の刀を抜きイナイノミコ軍を相手に一人奮戦します。イワレヒコを信じていたのに裏切られたと思いこみ、詰め寄ります「なぜだ?なぜだ!」と涙ながらに問い詰めるのでした。
 照明が赤くなり、くも池が赤く染まっています。
 戦いの場面は迫力がありました。中野監督の日ごろの東映での撮影の様子をうかがうことができる場面です。鷹羽未来さんの体当たりの演技も見事でした。
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 ミチネは戦うつもりで水軍を配置していたことがイワレヒコ軍を触発したと感じて、打ち明けて名草姫を止めようとしますが・・・。ミチネの告白を止めるようになぐさとべが最後の力を振り絞ってイワレヒコと名草姫との間に入ります。「誰も悪くはない。何事もなかったのだ」。そして自らくも池の中へ身を投じたのでした。
 舞台から客席にむかって飛び込んだなぐさとべ。客席からもすすり泣きの声が聞こえてきました。(写真がなくて残念ですが)
 
 なぐさとべは殺されたのか殺されずに和解したのか?
 1600年も過ぎた今は知る方法はないのですが、地元の人たちの間で「なぐさとべは殺されて、その頭は海南市小野田の宇賀部大明神に、お腹は杉尾神社に、足は千種神社に祀られた」と伝わっています。 またくも池で殺されたともいわれています。  
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by kigaaris | 2015-11-16 21:02 | なぐさとべ をたずねて  | Comments(0)

「なぐさとべ」公演から

 「なぐさとべ」公演は写真の記録が少ない中、長谷川さんから提供していただきました。劇団KCM公演には毎回、撮影をしていただいています。今回の「なぐさとべ」には長谷川さんも絶賛です。 

 この写真は前日のリハーサルの時の撮影です。
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 「プロローグ・名草国の情景≪祈りの海≫」より、全員の踊りです。なぜか西浦さんが入っています。この日欠席の村人役の川田くんの代役でした。
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 明日が本番というので、出演者全員気持が高まっています。 
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 とべ王とイワレヒコのシーンです。「民を救うために何をすれば良い?」と とべ王がイワレヒコに聞きます。「何もしなくて良い。このままで良い」と答えたイワレヒコでしたが・・・。その直後に状況が急変したのです。
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by kigaaris | 2015-11-14 23:57 | なぐさとべ をたずねて  | Comments(0)

「なぐさとべを訪ねて」万葉ウオークと公演-5

 その頃、筑紫国(九州)の日向(ひむか)から、天つ神の子イワレヒコが3人の兄たちとともに国を統一しようと中津国(奈良)をめざして船出します。 
 『日本書記』の神武天皇の条に記載されるカムヤマトイワレヒコは最近の研究者たちの間では実在しないとの定説になっています。それでは神武天皇とはいったい誰だったのでしょうか? 
 今回の舞台ではイワレヒコ(岡村康二)として登場します。  
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 和歌山県が紀伊国となったのは倭国ができて律令政治が始まってからで、それ以前は名草国でした。名草国では「なぐさとべ」と呼ばれる女王が国を治めていました。王は天の声を聞き人々に伝える巫女的な役割であったようです。
 名草国の人々はさんさんとふりそそぐ太陽のもとで、自然を大切に自然の恵みに感謝しながら、仲良く平和に豊かに暮らしていました。 

3世紀末ごろには水軍が発達し海外との交易が盛んでした。隣の中国では唐や晋(中国)が、韓の国では高句麗、百済、新羅が興り、いくさを繰り返している状況でした。
 海外から帰った小弓(とべの兄チナソの息子)が王の館を訪れ海外の情報を伝え、土産の銅の鏡を手渡します。左から小弓(神谷洋子)、とべ王(西知美)とチナソ(中西弘和)です。
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 浪速津(なにわづ)から中津国に入ろうと軍をすすめたイワレヒコ軍は、孔舎衙江(くさかえ)でナガスネヒコの反撃にあい難渋します。
 兄のヒコイツセノミコが流れ矢にあたり倒れたので、やむなく進路をかえ、紀水門(きのみなと)に船を止めました。
 竈山の地で兄のイツセノミコが亡くなりました。その亡骸は竈山に葬り祀られました。今の竈山神社はイツセノミコの古墳の上にあります。イツセノミコが「流れ矢で死ぬのは悔しい」とおたけびをしたと伝わる「おたけび橋」が神社の東の入口付近にあります。近くの中言神社の北にイツセノミコの血を洗ったと伝わる池があり、その水面はいまでも赤い色をしています。 

 イワレヒコ、イナイノミコ、ミケイリヌの3人の兄弟は兄を亡くした悲しみから立ち上がり、兄の願いであった名草国を手に入れることを誓います。 名草山に登ったイワレヒコが最初に出逢ったのは・・・運命のいたずらでしょうか、なんと名草姫だったのです。
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 名草姫に誘われて名草国に入ったイワレヒコに姫はやさしく話しかけます。とべ王やミチネからも受け入れられ、こんなに平和に穏やかに暮らしている人々をいくさに巻き込んではいけないと悩み始めるイワレヒコでした。
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by kigaaris | 2015-11-10 20:47 | なぐさとべ をたずねて  | Comments(0)

「なぐさとべを訪ねて」万葉ウオークと公演ー4

 11月1日、「なぐさとべ」公演が無事に終わりました。カーテンコールのあと出演者全員で。
 この会場へ観劇にきていただいた皆様、協力していただいた関係各団体と個人の皆さま、本当に最後まで支えていただき有難うございました。
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 オープニングは鷹羽未来さんの歌と出演者全員の踊りから始まりました。
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 「第2場予感」から。名草姫(鷹羽未来)と兄のミチネ(旭屋光太郎)が名草山の中で出会います。名草姫の「海のむこうが暗い」と言った予感はその後の名草国の運命を暗示しているかのようです。
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 真っ暗な舞台の上に現れた男たちは何者?西部劇にこんなシーンがあったような気がします。
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by kigaaris | 2015-11-10 01:41 | なぐさとべ をたずねて  | Comments(0)

「なぐさとべを訪ねて」万葉ウオークと公演-3

 海南無形民俗文化の会の「伝統の踊り」の後は劇団KCMの歌と踊りです。構成:振付はRi-yaさん。ゲストに椿 悠さんの出演です。
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 演目は「秋の宴」「紀伊の国」(万葉歌)など、8曲を披露しました。全員が万葉衣装を身につけて華やかな舞台を見ていただきました。
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 第1部の最後は西浦晴美さんの歌と脇村真由子さんのピアノ伴奏です。美しい歌声が会場いっぱいに広がり、聞く人を万葉の世界へといざないました。
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 第1部の司会をつとめさせていただきました東です。おしゃべりは嫌いではありませんが、司会は初めてです。伝統の踊りと西浦さんの紹介がうまく言えるかどうか心配でしたが・・・。
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 10分の休憩があって「なぐさとべ」が始まります。名草山の写真がバックスクリーンにでました。緊張します。
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by kigaaris | 2015-11-08 17:13 | なぐさとべ をたずねて  | Comments(0)

[なぐさとべを訪ねて」万葉ウオークと公演

 公演の写真が市川さんから届きました。第1部は伝統の踊りです。海南無形民俗文化の会のメンバー「塩津のいな踊り」から始まりました。
 塩津漁港で鯔(いな)の漁獲が盛んであった頃、定置網が設けられ、その頃に始まった「いな踊り」が現代に伝わっています。 
 このほど、海南市から文化奨励賞を受賞されました。
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 続いて「亀の川念仏踊り」です。南北朝時代、大阪四条畷での大いくさに敗れた楠正成の嫡男正行が、家臣の佐々木兵衛に一族を連れて落ち延びるように命じます。佐々木一族は南野上の次ケ谷に落ち延び住みつきましたが、末裔たちが戦いで亡くなった先祖の霊をなぐさめ、平和な時代が長く続くように願ってこの踊りが始まりました。 
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 伝統の踊り3番目は黒江の「つつてん踊り」です。紀州徳川家の保護のもと、漆器とともに発展してきました。お盆の下駄市では夜ふけまで踊ったそうです。子どもの頃から海南市に住んでいてもこのような伝統の踊りがあることは、最近まで知らずにいました。もっと多くに人たちに知ってほしいと願っています。
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by kigaaris | 2015-11-07 22:04 | 海南無形民俗文化の会 | Comments(0)

なぐさとべを訪ねて 万葉ウオークと公演

 11月1日(日)、古代、きいのくに(和歌山県)にあったと伝わる「名草国」とその国の女王名草戸畔(なぐさとべ)を訪ねて万葉ウオークと公演を開催し、ウオークには約70名、公演には約250名の参加がありました
 和歌山県文化振興事業補助事業。海南・万葉の会、KIGA熊野古道歩こう会・海南無形民俗文化の会の主催。 

 午前7時45分、青空のもとJR黒江駅にはウオークに参加する人たちがぼつぼつと集まってきました。予約のあった人が55名、当日参加者が15名、予想外の集客です。遠くから来られた方もおられます。 

 午前8時30分、講師を代表して紀伊万葉ネットワーク会長の村瀬憲夫さんから挨拶がありました。そのあと一行は元気よく歩きはじめました。講師は村瀬さんのほか馬場吉久さん、山元晃さんです。
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 午後2時。公演を観るために会場の海南市民交流センターに集まった皆さんです。ウオークに参加の人たちはギリギリ間に合ったようです。休む暇もなく・・・お疲れさまでした。
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 午後2時30分、予定どおり幕があきました。第1部が「伝統の踊り+万葉の歌と踊り」、第2部が「なぐさとべ」の公演となっています。 伝統の踊りは塩津のいな踊りから始まりました。 
 新しく今年から加わった子どもたちが一緒に踊ります。この日は東と西浦晴美さんが司会担当なので客席にはいることが出来ず、舞台脇からのショットです。
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 伝統の踊りの2番目は亀の川念仏踊りです。東は司会兼踊りに出場だったのでさすがに写真に収めるのは無理でした。南野上小学校から2人の女子が参加しました。 

 海南無形民俗文化の会は1昨年に発足し、海南市内の無形民俗文化財に指定の3団体が加入しています。この催しに合同参加することとなりました。

 伝統の踊りのラストは黒江のつつてん踊りです。 
 つつてん踊りは江戸時代、紀州漆器の発展とともに、全国から集まった木地師や塗師たちがふるさとをしのんで踊ったそうです。ツーツーテンという三味線独特の拍子がこの名の由来とか。哀愁をおびた旋律です。 
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 午後3時50分。いよいよ「なぐさとべ」公演の始まりです。今回は東は語り部で出演させていただくことになりました。撮影は長谷川さんと市川さんに依頼しました。後日、ブログに掲載の予定です。
 これは前日のリハーサルの時の写真です。
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by kigaaris | 2015-11-03 23:14 | なぐさとべ をたずねて  | Comments(0)