東 道のきのくに花街道

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カテゴリ:海南・万葉の会( 30 )

和歌山市内の神社と寺を訪ねて 花見をかねてウオーク下見-2

 報恩寺の桜が満開です。
 和歌山城の南、県立博物館の隣に位置する報恩寺は、はじめ要行寺でしたが、寛文5年(1666)紀州藩主徳川頼宜公婦人の瑶林院の菩提を弔うための寺として息子の光貞公が報恩寺と改めました。和歌山市内唯一の武士寺として親しまれてきました。
 瑶林院は加藤清正の長女で、八十姫と呼ばれていたそうです。
 寺から200mほど歩くと紀州藩主の家族のお墓が並んでいます。献花がなくて残念な気持になりました。
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by kigaaris | 2017-04-06 22:26 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

和歌山市の寺と神社を訪ねて 花見をかねて下見ウオークー1

 和歌山市内でも桜が咲きはじめました。
 和歌山城の南にある「夜雨荘(やうそう)」の桜です。今年、秋に予定の「熊野古道・万葉ウオークと公演”有間皇子”」にむけて下見ウオークに行ってきました。
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 戦国時代終盤、豊臣秀吉の三大水攻めの一つといわれる太田城の水攻め址です。来迎寺境内の小山塚には水攻めに敗れ処刑された太田党一族の墓があります。来迎寺のご住職によれば、近年になって初めて追悼されることができるようになったそうです。
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 来迎寺から西へ、和歌山城へ向かいます。父母状の碑がありました。徳川吉宗の時代、熊野古道沿いで、親を殺しても自らの罪を認めない男に、人としてあるべき道を説いたこの書は、韓国の学者、李真栄(りしんえい)と李梅渓(りばいけい)が作ったものです。父母状は江戸時代の寺子屋の教科書となりました。
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by kigaaris | 2017-04-06 22:00 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

2017・万葉ウオークの下見ー3 有間皇子の墓

 藤白神社の本殿の右隣に権現堂が建っています。
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 藤白王子社は熊野古道の五体王子の一つとして栄え、この権現堂には熊野三山の本地仏三仏と藤代若一王子などが祀られています。これらは平安時代末期の造像で現存する最古のもの。
 熊野本宮の阿弥陀如来坐像、熊野速玉の薬師如来坐像、熊野那智の千手観音坐像と、藤代若一王子の11面観音立像です。11面観音立像が少し見えにくですが。
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 権現堂から右手のほうに「有間皇子神社」があります。境内に建つ万葉歌碑は海南市生まれの雑賀紀光氏の揮毫。

 藤白の み坂を超ゆと 白たへの わが衣手は 濡れにけるかも 

 文武・持統天皇に随行した供の人が詠んだものです。熊野古道を歩くとき、上皇や女院たちは白たへの衣をまとって歩きました。 
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 雑賀紀光氏の歌碑の反対側の打垣内正氏の歌碑は譜面入りです。打垣内正氏は和歌山大学で教鞭をとられ、和歌山市、海南市内で多くの小学校、中学校の校歌を作詞、作曲もしておられます。
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 有間皇子神社から紫川をとおり、藤白峠へ。峠の登り口付近に有間皇子の墓と万葉歌碑が建っています。 
 斉明4年(658)、中大兄皇子の命令により、有間皇子は謀反の罪をきせられこの藤白峠で殺されました。 
 近年、御坊の岩内1号墳が有間皇子の古墳との説が有力ですが、この藤白峠にも墓があります。

 家にあれば けにもる飯を草枕 旅にしあれば 椎の葉にもる

 この歌はあまりにも有名です。
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by kigaaris | 2017-02-02 23:19 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

2017・万葉ウオーク下見-2 藤白神社

 海南駅から約2km、藤白神社です。大きな楠がそびえ境内に楠神さまを祀っています。熊、楠、藤の名をもらった子どもは丈夫に育つという信仰があります。
 南方熊楠は和歌山市に生まれ子どもの頃は虚弱児でしたが、この神社にお参りし熊と楠の名をつけてもらってからとても健康で天才といわれるほどの人になったそうです。 
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 これまでの景色とどこかは違う気がしませんか?
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 そうです、新しく鳥居が建ちました。平成28年11月吉日との記載があります。できたばかりです。
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 藤白神社の絵馬。裏面に「子どもが健康でありますように」との記載が多く見られました。
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 藤白神社の本殿は県指定文化財です。創建は大変古く、文武・持統両帝がここを訪れた時、随行の者が詠んだ歌が有名です。また後鳥羽上皇宸筆の「熊野懐紙」なども残されています。
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by kigaaris | 2017-02-02 22:39 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

2017・万葉ウオークの下見(海南市)-1

 今年11月2日から3日までの2日間、海南市と和歌山市で万葉ウオークと「Musical 有間皇子」を公演します。今日は下見にでかけました。かなり寒い1日でしたが、歩いている間は寒さを感じることがなく好調です。 
 9:30海南駅に集合。9:40スタートしました。スタッフは4名です。
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 海南駅構内にひな壇があります。もうすぐ桃の節句ですね。2月15日から海南市駅に沢山のお雛様が集まるのだそうです。
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 海南駅から約100mほど、JRの高架にそって南に歩くと万葉の歌碑があります。
  紀伊の海の 名高の浦に寄する波 音高きかも 逢はぬ子ゆゑに 
                   
      (作者不詳 万葉集巻17-2730)  揮毫は佐々木政一さん 
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 熊野古道に沿って民家の並ぶ路地を歩きました。大正末期から昭和の始めにかけての佇まいが残る道が続いています。これは縁台ですね。
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  屋根の上に万葉時代の植物が・・・。
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 赤い郵便ポストは今も使われています。
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by kigaaris | 2017-02-02 22:17 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

きのくに万葉ウオークと公演「伝統の踊り+Musical 有間皇子」

 8月27日(土)午後2時。公演がはじまりました。この日、出演者たちは朝早くから会場の紀南文化会館へ来られ、待機していました。いよいよ始まります。
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 第1部、伝統の踊りのトップは海南市塩津の「いな踊り」です。今から幕が上がります。皆さん、準備は良いですか?と南方嘉門会長。
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 小さな子どもたちが頑張って踊っています。何とかこの踊りを継続してほしいですね。
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続いて本宮の「平治川の長刀踊り」です。
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衣装も素敵です。
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「亀の川念仏踊り」の出番です。南野上小学校の生徒7人とバレエエクサイズ教室の大人5人が踊りました。三味線は田村登美子先生、神谷さん、市川さん、頑張っています。
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 この日のために夏休みの間、子どもたちは特訓をうけました。(写真提供はリーヤさん)
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 伝統の踊り、4番目は「大瀬の太鼓踊り」です。写真はリハーサルの時のものです。皆さん、暑い中、頑張って出演していただき本当に有難うございました。
 このあとMusical 有間皇子の公演がはじまります。
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by kigaaris | 2016-09-04 14:37 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

きのくに万葉ウオーク「田辺~白浜を歩く」-3

 8月27日(土)午前8時。白浜フィッシャーマンズワーフの前にテーブルと椅子とテントが用意されました。白浜町さんの協力です。有難いですね。
 前日「むろべ」で全国からの万葉愛好家たちの交流会があり、井澗町長も出席されました。今日も朝早くからご参加いただき、ウオークコースを歩かれました。
 赤いシャツは白浜町の語り部の「熊野人(くまんど)倶楽部のスタッフです。東はこの日午後から田辺で公演がありゲネプロが9時半からなので、残念ながらウオークは失礼しました。
 講師の村瀬憲夫さんがかけつけて下さり、馬場吉久さん、山元晃さん、そして紀伊万葉NWの木綿さん、KIGAの須川さん、森さん、山本さん達がスタッフとして参加。わくわくルームの畑中さん、丹羽さん達に引率をお願いしました。
 暑い1日になりましたが、皆さん無事にお昼前には田辺の紀南文化会館で到着されました。 写真は木綿さんの提供です。
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 崎の湯から牟婁湯への途中の駐車場内に立つ「ましらら姫の像」です。台座に有間皇が詠んだ万葉歌が刻まれています。 
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 有間皇子の碑です。1400年ほど前、有間皇子がこのあたりを歩いていたのでしょうか?
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 村瀬先生の解説にも熱がはいります。皆さん、熱心に聞いておられます。
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 熊野三所権現の境内です。
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 このあたりには古い時代から人々が住んでいたそうで、三所神社の境内に「火雨塚(ひさめづか)古墳」が残っています。
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 斉明天皇が行幸された時、船をつけたとされる「御船が谷、御船が先」を過ぎて少し歩くと瀬戸の浦に万葉歌碑が建っています。
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 文字が摩耗していて判読できません。「室の浦の せとの崎なる鳴島の 磯越す波に 濡れにけるかも」(巻3164)鳴嶋(なきしま)とは潮の騒ぐ島の意味だそうです。

 「せと」の「せ」の文字をパソコンで探すことができません。端の立がさんずいへんです。日本語って本当に複雑ですね。 このあと専用バスに乗り桟橋の歌碑を見て、田辺へ向かいました。
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by kigaaris | 2016-09-04 01:16 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

きのくに万葉ウオーク「田辺~白浜を歩く」-2

 8月26日、午後4時。涼しげなテーブルと椅子が用意されています。ここは上富田、興禅寺の隣の「大耕庵」です。暑い中、熊野古道を歩いてきた人たちのために、ここで休憩させていただけるのだそうです。すごい!!
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 上富田町でこれから売り出し予定のヤマモモジュースがふるまわれました。炭酸で割っていただくととても美味しかったです。庵の主人の吉田耕司さんと上富田町の観光課さんのご協力で、熊野のオセッタイができました。有難うございます。
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 万葉ウオークに参加に皆さん、ヤマモモジュースのお味はいかがですか?ジュースを飲む人、庵の中の植物を見る人と、思い思いに行動しています。
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 ほっと一息ついたあとは、吉田さんの案内で興禅寺へ。興禅寺は別称「ダルマ寺」と呼ばれています。先代のご住職(𠮷田さんのお父さま)が第二次世界大戦のあと、激戦地で散った兵たちの骨と砂を集めて日本へ持ち帰り、大きな達磨像の中に塗りこめたそうです。「平和達磨像」の由来です。達磨像が大きすぎてカメラにおさまりませんでした。
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 そのあと、興禅寺後方を歩き、美しいお庭と珍しい植物を観察させていただき、ウオークの終点の白浜へ向かいました。
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by kigaaris | 2016-09-03 23:44 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

きのくに万葉ウオーク「田辺と白浜を歩く」-1

 8月26日(金)「きのくに万葉ウオークと公演・有間皇子をたずねて 田辺~白浜を歩く」の第1日目です。午前9時30分、JR和歌山駅から専用バスがでました。
 13時30分、JR田辺駅で受付開始。懐かしいお顔が見えます。東京、横浜、滋賀県から万葉ファンが集まりました。県内では和歌山、有田、御坊、田辺、白浜など、各地からの参加です。この日の参加は32名でした。
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 今日は専用バスで移動します。マイカーの参加者もおられます。最初に訪れたのは三栖廃寺塔跡です。ここで馬場吉久さんの説明です。マイクがあるので、離れていても聞こえます。
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 白鳳時代様式の大寺があった三栖廃寺の塔の礎石を探しています。午後1時過ぎ。太陽が容赦なく照り付け厳しい暑さです。皆さん熱心に礎石を探してます。AD600年代、このような大きな寺を建てたのはいったいどのような人物だったのでしょうか?白村江(はくすきのえ)の戦いに参加した地元の豪族との説がありますが・・・。
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 三栖廃寺塔跡から熊野古道の三栖王子へ向かいました。Vスーパーの横の道を通り前方の小高い山に向かって歩きます。懐かしい香りがだよってきました。梅を干しています。のどかな風景です。
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 木陰は風が心地よく、歩くのが楽ですね。
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 熊野古道の標識があります。このあたりの古道は土砂崩れなどのため、道が続いていませんが、この道は熊野古道らしい雰囲気が残っていてほっとします。
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 三栖王子です。遠い昔、祭神が川の水に自分の姿を映して見ながらこの地に鎮まったとの伝説があります。女性の神様だったのでしょうか?熊野古道はここから先の道はいまは地盤が崩れて歩くことができません。(30年前は歩けたのですが・・・)残念です。
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by kigaaris | 2016-08-29 19:21 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

2016万葉ウオークの下見-1

 18日(木)、この夏開催の「万葉ウオークと公演」の下見に行きました。馬場吉久さん、山元晃さん、木綿良助さんと一緒です。私はりーやさんと紀南文化会館へ寄り、少し遅れて講師先生がたと稲葉根王子で合流し、興禅寺へ向かいました。
 前住職の吉田さん宅のお庭と興禅寺借景を見せていただきました。
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 興禅寺の本殿の左のほうに「タラヨウ」の木があります。古代にはこの木の葉に文字を書いて届けると、相手に届く頃に文字が表れたのだそうです。今の葉書の原型だと伝わっています。葉に書くから葉書です。
 万葉は「よろずのことのは」と言いました。「こと」とは言葉です。やはり葉の文字があります。また言葉はコトダマとも言われ、人が発する言葉には魂が宿ると考えられていました。現代に生きる私たちももっと言葉を大事にしなくては、と思います。
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 興禅寺は別称達磨寺と呼ばれています。玄関の前の「達磨像」は先代の吉田住職が第2次世界大戦の時、多くの兵が命を落としたアジアの激戦地の砂を持ち帰り、達磨像に塗りこめられたそうです。(達磨像の写真がうまく撮れなくて残念ですが)。像の足元の建物にこの寺の歴史を知る文字がありました「天保二年・・・」と刻まれています。
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  四季折々にその佇まいをかえる興禅寺の借景です。ここに来ると日本の心を感じることができます。
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 突然、山元先生が大きな声をあげました。「ボダイ」だ!と。珍しい植物です。
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by kigaaris | 2016-08-20 00:10 | 海南・万葉の会 | Comments(0)