東 道のきのくに花街道

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カテゴリ:海南・万葉の会( 32 )

有間皇子、ミュージカル公演と熊野・古道万葉ウオーク

 
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 斉明4年(659)、熊野古道の藤白坂で謀反の罪をきせられ殺された有間皇子。19歳の若さであった。当時、三韓と唐(中国)がお互いの国土を広げるための戦いを繰り広げていた。百済を助け、日本を有利にしようとする中大兄皇子と、平和を大切に、民の幸せを考える孝徳天皇(有間皇子の父)との間に意見の相違がうまれた。中大兄は孝徳を失脚させ、巧妙な罠で有間の命を奪ったのである。

 663年3月、中大兄は百済への応援軍2万7千人を動員、新羅との闘いに臨んだ。8月13日、1万4千人の派兵をおこなった。8月27日、「白村江の戦い」が始まったのである。新羅、唐の連合軍、数十万人。日本軍約4万5千人。日本の史上最大の敗戦となった。 

 現代、海外各国では核開発、ミサイルなどのニュースが飛び交い、いつ戦争が起きるのかわからない情勢である。戦争のない平和な時代であってほしいという願いは日本国民すべての人の思いであろう。 有間皇子が生きた時代と現代は似ている気がする。平和のために戦うのは間違っている!と気が付いた有間皇子は戦うのをやめて、自らの命をさしだしたのであった。

 有間皇子の心はその後の熊野古道のオセッタイの心として、日本人の心の源流として伝わっている。自分が苦しくても困った人を助ける、それが自身の本当の幸せなのだと。 

 1360年ほど前の、有間皇子からのメッセージをミュージカル公演をとおして、現代に生きる人たちに伝えたい、平和の大切さを伝えたい、そんな思いで公演とウオークを開催します。 

 10月7日~8日は紀伊万葉ネットワーク主催で「切目・岩代・南部を訪ねて」、11月2日は海南・万葉の会主催で、海南市内の「熊野古道・万葉ウオーク」を、11月3日は、「きのくにの歴史をたずねて」和歌山市内の神社と寺を歩きます。 

 11月3日、県文小ホールで、来年1月21日、田辺市紀南文化会館で公演します。スタッフ、キャスト募集中です。
 【連絡先】℡・fax 073-478-2711 e-mail kiga@silk.plala.or.jp 

 ニュース和歌山さんに記事掲載していただきました。
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by kigaaris | 2017-07-11 22:13 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

和歌山市内の寺町と和歌山城

 7月7日(金)、秋の万葉ウオークの下見で、JR和歌山駅から和歌山城と寺町を歩きました。元信愛高校の馬場吉久先生、紀伊万葉ネットワークの木綿良介さん、そしてKIGAの会員計7名が参加しました。(和歌山城では堀畑さんに案内していただきました。)
 写真は刺田比古神社岡の宮で。若い宮司さんがおられてカメラに入っていただきました。
 大雨予報でしたが、午後は晴れました。最近、晴れが多いです。
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 JR和歌山駅から太田城水攻址を見て、国体道路を横切り、和歌山城へむかって歩きます。大立寺です。大立寺の創建は文禄年間(安土桃山時代)で、大門は室町時代末の和歌山の豪族太田氏の居城があった太田城の大門を移築したそうです。和歌山市指定文化財になっています。
 徳川吉宗の母ぎみが熊野参詣でここまで来たとき、倒れていたのをこの寺の住職さんに助けられ、その後、和歌山城へお勤めすることになり、光貞公の側室となって吉宗が誕生したと伝わっています。
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 右手に和歌山城が見える交差点まできました。左手の岡公園になにやら歴史を感じさせる建物が建っています。長屋門です。実は今日が竣工式なのです!
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 岡口門につきました。城ができた頃はここが城の正門でした。門の上の白い建物は、ここから敵を見張り、射撃するための櫓です。
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 和歌山城です。この建物は3代目です。今は白壁ですが、もとは木の壁だとか。2代目は第二次世界大戦の時、米軍の空襲によって爆撃されましたが、昭和30年代に再建されました。
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 城に上るまで、迷路のように石の城壁が続いています。これは初期の頃の石壁で、比較的なだらかで、小さな石を積み上げた「のづら積」です。
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 文字だか模様だかわからない説明版があります。この城を築いた石工さんたちが、自分たちの納めた石にマークをつけたのだそうです。
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 マークが読み取れます。
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 和歌山城を一回りして、駐車場のある南の門から退出しました。雨がひどくなったので、ちょっと休憩をかねてランチタイムとします。
 ランチのあと、ここで転べば3年しか生きられないという三年坂をとおり、刺田比古 岡の宮神社へむかいました。
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 刺田比古神社の祭神は、道臣命(みちのおみのみこと)と、大伴佐氏比古(おおとものさでひこ)命です。「日本書記」の神武天皇編で、神武が那智の海岸へついた時、丹敷戸畔(にしきとべ)と戦い、毒気をあびて倒れてしまいます。高倉下命(たかくらじのみこと)の夢に天照大神が現れ、フツノミタマという剣を授かり助けに行きます。翌朝目が覚めた神武は中つ国へ向かいますが、山が深くて進むことができないでいる時、八咫烏が現れ中つ国へ導きました。その時の郷の導きの者(国つ神)が大伴氏の祖となったと、日本書記に記載があります。のちに道臣(みののおみ)として神武に仕えることになります。
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 今日は七夕でした。万葉の歌碑がありました。大伴家持の歌です。家持の祖が大伴佐氏比古なのです。 
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 岡公園の西南の地に「父母状の碑」の石碑が建っています。豊臣秀吉が朝鮮を攻めた時、連れてこられた儒学者の李真影と李梅渓親子を、初代藩主徳川頼宣が紀伊国に招き、学問の師と仰ぎました。李親子は韓国の貴族であったそうです。 父母状は頼宣が李梅渓に教えを乞いながら作成し、その後全国の寺子屋の教科書をなりました。「父母に孝行し・・・」と、人が生きる上で大事な法を説いた内容です。
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by kigaaris | 2017-07-09 23:11 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

和歌山市内の神社と寺を訪ねて 花見をかねてウオーク下見-2

 報恩寺の桜が満開です。
 和歌山城の南、県立博物館の隣に位置する報恩寺は、はじめ要行寺でしたが、寛文5年(1666)紀州藩主徳川頼宜公婦人の瑶林院の菩提を弔うための寺として息子の光貞公が報恩寺と改めました。和歌山市内唯一の武士寺として親しまれてきました。
 瑶林院は加藤清正の長女で、八十姫と呼ばれていたそうです。
 寺から200mほど歩くと紀州藩主の家族のお墓が並んでいます。献花がなくて残念な気持になりました。
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by kigaaris | 2017-04-06 22:26 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

和歌山市の寺と神社を訪ねて 花見をかねて下見ウオークー1

 和歌山市内でも桜が咲きはじめました。
 和歌山城の南にある「夜雨荘(やうそう)」の桜です。今年、秋に予定の「熊野古道・万葉ウオークと公演”有間皇子”」にむけて下見ウオークに行ってきました。
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 戦国時代終盤、豊臣秀吉の三大水攻めの一つといわれる太田城の水攻め址です。来迎寺境内の小山塚には水攻めに敗れ処刑された太田党一族の墓があります。来迎寺のご住職によれば、近年になって初めて追悼されることができるようになったそうです。
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 来迎寺から西へ、和歌山城へ向かいます。父母状の碑がありました。徳川吉宗の時代、熊野古道沿いで、親を殺しても自らの罪を認めない男に、人としてあるべき道を説いたこの書は、韓国の学者、李真栄(りしんえい)と李梅渓(りばいけい)が作ったものです。父母状は江戸時代の寺子屋の教科書となりました。
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by kigaaris | 2017-04-06 22:00 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

2017・万葉ウオークの下見ー3 有間皇子の墓

 藤白神社の本殿の右隣に権現堂が建っています。
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 藤白王子社は熊野古道の五体王子の一つとして栄え、この権現堂には熊野三山の本地仏三仏と藤代若一王子などが祀られています。これらは平安時代末期の造像で現存する最古のもの。
 熊野本宮の阿弥陀如来坐像、熊野速玉の薬師如来坐像、熊野那智の千手観音坐像と、藤代若一王子の11面観音立像です。11面観音立像が少し見えにくですが。
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 権現堂から右手のほうに「有間皇子神社」があります。境内に建つ万葉歌碑は海南市生まれの雑賀紀光氏の揮毫。

 藤白の み坂を超ゆと 白たへの わが衣手は 濡れにけるかも 

 文武・持統天皇に随行した供の人が詠んだものです。熊野古道を歩くとき、上皇や女院たちは白たへの衣をまとって歩きました。 
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 雑賀紀光氏の歌碑の反対側の打垣内正氏の歌碑は譜面入りです。打垣内正氏は和歌山大学で教鞭をとられ、和歌山市、海南市内で多くの小学校、中学校の校歌を作詞、作曲もしておられます。
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 有間皇子神社から紫川をとおり、藤白峠へ。峠の登り口付近に有間皇子の墓と万葉歌碑が建っています。 
 斉明4年(658)、中大兄皇子の命令により、有間皇子は謀反の罪をきせられこの藤白峠で殺されました。 
 近年、御坊の岩内1号墳が有間皇子の古墳との説が有力ですが、この藤白峠にも墓があります。

 家にあれば けにもる飯を草枕 旅にしあれば 椎の葉にもる

 この歌はあまりにも有名です。
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by kigaaris | 2017-02-02 23:19 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

2017・万葉ウオーク下見-2 藤白神社

 海南駅から約2km、藤白神社です。大きな楠がそびえ境内に楠神さまを祀っています。熊、楠、藤の名をもらった子どもは丈夫に育つという信仰があります。
 南方熊楠は和歌山市に生まれ子どもの頃は虚弱児でしたが、この神社にお参りし熊と楠の名をつけてもらってからとても健康で天才といわれるほどの人になったそうです。 
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 これまでの景色とどこかは違う気がしませんか?
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 そうです、新しく鳥居が建ちました。平成28年11月吉日との記載があります。できたばかりです。
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 藤白神社の絵馬。裏面に「子どもが健康でありますように」との記載が多く見られました。
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 藤白神社の本殿は県指定文化財です。創建は大変古く、文武・持統両帝がここを訪れた時、随行の者が詠んだ歌が有名です。また後鳥羽上皇宸筆の「熊野懐紙」なども残されています。
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by kigaaris | 2017-02-02 22:39 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

2017・万葉ウオークの下見(海南市)-1

 今年11月2日から3日までの2日間、海南市と和歌山市で万葉ウオークと「Musical 有間皇子」を公演します。今日は下見にでかけました。かなり寒い1日でしたが、歩いている間は寒さを感じることがなく好調です。 
 9:30海南駅に集合。9:40スタートしました。スタッフは4名です。
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 海南駅構内にひな壇があります。もうすぐ桃の節句ですね。2月15日から海南市駅に沢山のお雛様が集まるのだそうです。
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 海南駅から約100mほど、JRの高架にそって南に歩くと万葉の歌碑があります。
  紀伊の海の 名高の浦に寄する波 音高きかも 逢はぬ子ゆゑに 
                   
      (作者不詳 万葉集巻17-2730)  揮毫は佐々木政一さん 
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 熊野古道に沿って民家の並ぶ路地を歩きました。大正末期から昭和の始めにかけての佇まいが残る道が続いています。これは縁台ですね。
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  屋根の上に万葉時代の植物が・・・。
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 赤い郵便ポストは今も使われています。
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by kigaaris | 2017-02-02 22:17 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

きのくに万葉ウオークと公演「伝統の踊り+Musical 有間皇子」

 8月27日(土)午後2時。公演がはじまりました。この日、出演者たちは朝早くから会場の紀南文化会館へ来られ、待機していました。いよいよ始まります。
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 第1部、伝統の踊りのトップは海南市塩津の「いな踊り」です。今から幕が上がります。皆さん、準備は良いですか?と南方嘉門会長。
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 小さな子どもたちが頑張って踊っています。何とかこの踊りを継続してほしいですね。
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続いて本宮の「平治川の長刀踊り」です。
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衣装も素敵です。
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「亀の川念仏踊り」の出番です。南野上小学校の生徒7人とバレエエクサイズ教室の大人5人が踊りました。三味線は田村登美子先生、神谷さん、市川さん、頑張っています。
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 この日のために夏休みの間、子どもたちは特訓をうけました。(写真提供はリーヤさん)
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 伝統の踊り、4番目は「大瀬の太鼓踊り」です。写真はリハーサルの時のものです。皆さん、暑い中、頑張って出演していただき本当に有難うございました。
 このあとMusical 有間皇子の公演がはじまります。
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by kigaaris | 2016-09-04 14:37 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

きのくに万葉ウオーク「田辺~白浜を歩く」-3

 8月27日(土)午前8時。白浜フィッシャーマンズワーフの前にテーブルと椅子とテントが用意されました。白浜町さんの協力です。有難いですね。
 前日「むろべ」で全国からの万葉愛好家たちの交流会があり、井澗町長も出席されました。今日も朝早くからご参加いただき、ウオークコースを歩かれました。
 赤いシャツは白浜町の語り部の「熊野人(くまんど)倶楽部のスタッフです。東はこの日午後から田辺で公演がありゲネプロが9時半からなので、残念ながらウオークは失礼しました。
 講師の村瀬憲夫さんがかけつけて下さり、馬場吉久さん、山元晃さん、そして紀伊万葉NWの木綿さん、KIGAの須川さん、森さん、山本さん達がスタッフとして参加。わくわくルームの畑中さん、丹羽さん達に引率をお願いしました。
 暑い1日になりましたが、皆さん無事にお昼前には田辺の紀南文化会館で到着されました。 写真は木綿さんの提供です。
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 崎の湯から牟婁湯への途中の駐車場内に立つ「ましらら姫の像」です。台座に有間皇が詠んだ万葉歌が刻まれています。 
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 有間皇子の碑です。1400年ほど前、有間皇子がこのあたりを歩いていたのでしょうか?
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 村瀬先生の解説にも熱がはいります。皆さん、熱心に聞いておられます。
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 熊野三所権現の境内です。
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 このあたりには古い時代から人々が住んでいたそうで、三所神社の境内に「火雨塚(ひさめづか)古墳」が残っています。
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 斉明天皇が行幸された時、船をつけたとされる「御船が谷、御船が先」を過ぎて少し歩くと瀬戸の浦に万葉歌碑が建っています。
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 文字が摩耗していて判読できません。「室の浦の せとの崎なる鳴島の 磯越す波に 濡れにけるかも」(巻3164)鳴嶋(なきしま)とは潮の騒ぐ島の意味だそうです。

 「せと」の「せ」の文字をパソコンで探すことができません。端の立がさんずいへんです。日本語って本当に複雑ですね。 このあと専用バスに乗り桟橋の歌碑を見て、田辺へ向かいました。
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by kigaaris | 2016-09-04 01:16 | 海南・万葉の会 | Comments(0)

きのくに万葉ウオーク「田辺~白浜を歩く」-2

 8月26日、午後4時。涼しげなテーブルと椅子が用意されています。ここは上富田、興禅寺の隣の「大耕庵」です。暑い中、熊野古道を歩いてきた人たちのために、ここで休憩させていただけるのだそうです。すごい!!
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 上富田町でこれから売り出し予定のヤマモモジュースがふるまわれました。炭酸で割っていただくととても美味しかったです。庵の主人の吉田耕司さんと上富田町の観光課さんのご協力で、熊野のオセッタイができました。有難うございます。
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 万葉ウオークに参加に皆さん、ヤマモモジュースのお味はいかがですか?ジュースを飲む人、庵の中の植物を見る人と、思い思いに行動しています。
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 ほっと一息ついたあとは、吉田さんの案内で興禅寺へ。興禅寺は別称「ダルマ寺」と呼ばれています。先代のご住職(𠮷田さんのお父さま)が第二次世界大戦のあと、激戦地で散った兵たちの骨と砂を集めて日本へ持ち帰り、大きな達磨像の中に塗りこめたそうです。「平和達磨像」の由来です。達磨像が大きすぎてカメラにおさまりませんでした。
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 そのあと、興禅寺後方を歩き、美しいお庭と珍しい植物を観察させていただき、ウオークの終点の白浜へ向かいました。
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by kigaaris | 2016-09-03 23:44 | 海南・万葉の会 | Comments(0)