東 道のきのくに花街道

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カテゴリ:有間皇子まつり( 8 )

2014有間皇子まつりー2

 有間皇子まつりといえば、古くから万葉の歌の朗誦会が歌われてきました。いつの頃からでしょうか?私の記憶では昭和56年ごろ、雑誌の取材で参加した時にも歌われていました。海南文化協会の有志の皆さんの出演です。
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 あれ、どこかで見た人ですね?衣装が変わるとイメージが変わります。今日は古代の雰囲気で、得意ののどを聞かせてくれました。黒江のつつてん踊り会長の北村さんです。 
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 こちらのグループは中道功さんがリーダーの紫泉会の皆さん。とりどりのカラフルな衣装をまとって気分は古代にタイムスリップ。
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 この日は当日参加はOKです。全国から集まった万葉ファン達が各地に伝わる万葉の歌で地元のPRに励みます。
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by kigaaris | 2014-12-02 14:48 | 有間皇子まつり | Comments(0)

2014有間皇子まつり

 11月16日、13時30分から藤白神社境内の有間皇子神社で慰霊祭が始まりました。今年はお天気も良く、県内外から大勢の人が参列しました。
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 有間皇子が詠んだ万葉歌「家にあれば」と「岩代の」が故打垣内正氏作曲の歌で、笛の伴奏と歌の奉納です。
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 慰霊祭のあと、藤白神社境内で催しが行われました。司会の唐津痲貴子さんです。紀伊万葉ネットワークの副会長であり、海南・万葉の会の理事さんです。
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 続いて全国万葉協会の富田会長のお言葉をいただきました。
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by kigaaris | 2014-12-02 01:05 | 有間皇子まつり | Comments(0)

2013有間皇子まつりー3

 この日は神戸から団体で参加された人や東京からの参加など、県外からの参加者が多い。神戸からの人たちは来年、(2014年)にミュージカル「有間皇子」を公演するのだと話しておられた。一緒に記念撮影をしたいと申しでられて全員で撮影。ミュージカル「有間皇子」は公演されたのですか?
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  有間皇子が謀反の罪をきせられ殺された藤白坂の登り口に万葉歌碑が立つ。
  「家にあれば笥(け)に盛る飯(いい)を草枕 旅にしあれば椎の葉に盛る」                (巻2-142)
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 海南文化協会事務局長、海南・万葉の会理事、そして今年から紀伊万葉ネットワークの副会長となられた唐津痲さん。万葉衣装がとてもお似合いです。
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by kigaaris | 2014-06-25 12:00 | 有間皇子まつり | Comments(2)

2013有間皇子まつりー2

 祭礼のあとは近畿大学名誉教授の村瀬憲夫氏のお話から。万葉の時代は電気も水道もなく、人々は自然とともに生きていた、時が大変ゆっくり流れていた。現代に生きる私たちも時には万葉の時代に思いをはせて、ゆるやかに時を過ごしましょうと、集まった人たちに呼びかける内容のお話であった。
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 前日からの大雨予報にもかかわらず集まった人たち。万葉衣装を着た人も。県外からのお客様が多かった。
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 この日のイベントは朗誦会があり、劇団KCMのダンスを披露、KCMの若手メンバー8名と南野上公民館バレエエクササイズ教室の受講生2人が出演した。リーヤさんと私はKCMだけでなく公民館に講師として参加している。
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by kigaaris | 2014-06-24 06:00 | 有間皇子まつり | Comments(0)

2013有間皇子まつりー1

 2013年11月10日、午前中はウオーク万葉で海南駅から藤白峠まで歩いたあと、藤白神社境内の有間皇子神社周辺で有間皇子まつりを開催した。2013有間皇子まつり実行委員会と海南・万葉の会の主催。劇団KCMの共催。
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 午前中講師として歩かれたお二人がいつの間にか万葉時代の貴公子として登場。馬場先生と山元先生。お二人はこのあと、舞台でも歌を披露されました。
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午後1時から祭礼が行われました。前方左手奥に吉田宮司。長らく紀伊万葉ネットワークや紀伊路語り部の会の会長を務められ、和歌山県の観光振興に多大な貢献のある人です。
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 有間皇子神社の右手前に立つ万葉歌碑。「藤白のみ坂を越ゆと 白たへのわが衣では 濡れにけるかも」雑賀紀光氏の親筆。
by kigaaris | 2014-06-24 00:52 | 有間皇子まつり | Comments(0)

ウオーク万葉&有間皇子まつりー3祓戸王子

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 日限さんの裏山をぬけて、お隣の寺の墓地との境界線のあたりに、なんだか薄暗い林がある。ふと見ると足元に小さな石仏が並んでいる。その石仏に誘われるように林の中に入ると・・・。
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 ありました。祓戸神社之跡と書かれた石碑が。数年前にここに来た時には周りは薄暗くてまさにダルでもいそうな雰囲気でしたが、今は綺麗に清掃もできて歩きやすくなっています。海南市内で唯一、古道の雰囲気の残る道です。
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 仏像は古道脇にズラリと並んでいます。その姿も様々です。しばし、古道の雰囲気を楽しみながら歩きます。

by kigaaris | 2014-06-11 04:22 | 有間皇子まつり | Comments(0)

ウオーク万葉&有間皇子まつり-2(日限さん界隈)

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 日限さんの由来は日を限ってお願いごとをすれば必ずかなえられるということから。かつて(数年前まで)は、全国通津浦々から年代も、出身地もばらばらに、住所、氏名を書いたお地蔵様がびっしり、時代を超えて並んでいたが、近年、真新しく綺麗なお地蔵様に変わった。すこし、さみしい気がするが・・・これも時の流れであろうか。
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「伝承遺跡供養塔 山名修理大夫美理(よしまさ) 永和4年(1378)足利義満は山名義理を紀伊国守護職に任ず。山名義理は紀伊国守護所を永穂(なんご)(現和歌山市)より大野の地に移し、以後大野は紀伊国の中心的な存在となる。明徳2年(1391)大野義弘に攻められ敗走する。」(紀伊名所図会より)と教育委員会の説明板が建つ。

 
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   皆さん、熱心に見ています。何があるのでしょうか?
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 めずらしい万葉植物の「こうやぼうき」です。運よく花が咲いています。この道を歩いて正解でした。馬場先生、山元先生のお話にも力がはいります。

by kigaaris | 2014-06-11 03:51 | 有間皇子まつり | Comments(0)

ウオーク万葉&有間皇子まつりー1海南の熊野古道

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 昨年の有間皇子まつりを思いだしながら活動報告します。11月10日、前日から大雨予報でした。近場の人たちからは早々に欠席届けをいただいたのですが、遠方の埼玉から来られた方は前日大阪泊で、前々から楽しみにしておられ、主催者が「雨でも歩きます」というと大変喜ばれて「有間皇子まつり参加するのが私の夢だったので感激しています」と言っておられました。写真は海南駅前南側の万葉歌碑です。馬場先生がいつもの大きな声で犬養節を朗誦されました。
  「紀伊の海の 名高の浦に寄する波 音高きかし 逢わぬ子ゆえに」
 この歌碑は近年、紀伊万葉ネットワークの佐々木先生が寄贈されたものだそうです。
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 JR紀勢線のレールに沿って1kmほど、民家の中を抜けて歩くと、広い駐車場と長い石段が見えてきました。ここは浄土寺。日限地蔵尊で有名です。私たちが子どもの頃、この寺のお祭りの日はなぜが市内の小学校では午後が休校となり、私たちはよく餅まきを見にきたものです。
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 広い境内は多くの歴史の舞台となった所です。源平合戦の時代のヒーロー源義経や鎌倉・室町時代の英雄たちの伝説が残っています。


by kigaaris | 2014-06-11 03:19 | 有間皇子まつり | Comments(0)