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カテゴリ:ミュージカル“井澤弥惣兵衛”( 8 )

吉宗を支えた男-(8)

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 ミュージカル“井澤弥惣兵衛”を支えてくださった人の紹介です。ナレーションは西浦晴美さんでした。表に出なくてもいつもKCMにご協力いただき感謝しています。
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 今回、陰になり日向になり、公演を支えていただいた佐々木浩敏さん(無名塾塾長)です。実はすごい空手の達人です。
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 劇団KCMジュニアの部の新人です。亀の川念仏踊りに出場の森脇ひろとくんと弟のはるとくんです。ほかの場面にも出ていましたが、気が付かれましたか?家族の協力があってはじめて参加できるのです。
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 今回は初めての時代劇というので、脚本、演出ともに慣れないことが多く、書き直しあり、稽古も最後まで通してやれないという状況の中で、劇団員たちは戸惑ったことと思います。
 中野監督にも大変ご無理をお願いすることになってしまいました。けれどもこの公演をとおして劇団KCMは新しい一歩を踏み出した気がします。新しいことに挑戦するには時として痛みがともなうこともあるけれど、それを乗り越える力が劇団員たちにはあると信じています。佐々木塾長、岡村さん、ノンちゃん、長谷川さん、吉田起子さん、海南万葉会の皆さん、本当にありがとうございました。最後にRi-yaさん、お疲れさまでした。

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by kigaaris | 2014-03-16 01:35 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男-(7)

 さまざまな苦労を乗り越えて見沼代用水の工事は完成する。それまで荒地であった土地が米が獲れる豊かな土地になり、江戸や各地から人々が移り住み人口も増えた。
 弥惣兵衛は幕府の勘定普請方から吟味役に昇格する。農民が幕府の最高責任者となるのは異例の出世であった。
 しかし、弥惣兵衛は自分の仕事にまだまだ満足していなかった。

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 江戸商人の鈴木文平と兄の高田茂右ヱ門兄弟は弥惣兵衛と交流が厚く、弥惣兵衛を資金面でも支えてきた人である。ある日、兄弟が弥惣兵衛の屋敷を訪ねたとき、弥惣兵衛は自分の気持を伝える。
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 見沼から江戸へは今は陸路しか使えない。江戸に通じる利根川と代用水との高低差が約3尺ほどあり、船が使えないからである。しかし、弥惣兵衛は船を使って運行する計画を話し出す。川の中に箱状の扉を作り、川の水をせき止め、水面を上昇させた状態で片方の扉を開いて船を川上に移すという。パナマ運河と同じ構造であるがパナマ運河より100数十年も早い。井澤弥惣兵衛が考案した閘門式の方法は、通船掘と呼ばれている。 
 
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 弥惣兵衛が亡くなる前に帰省し、野上八幡神社へ寄進を行ったあと、藤白峠で初恋の人とめぐりあうシーンで幕が下りる。感激のシーンを岡村康司さんの「太陽の人」がエンディングを飾る。
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 弥惣兵衛が民を救うために自らのすべてをかけて農地開拓に取り組んだことは、和歌山県内の人より、埼玉県見沼地方ではよく知られている。昨年、見沼から海南市の弥惣兵衛さんを知ろう会を訪ねて一行が来県した時、交流会でその思いの深さを感じることができた。
 私も海南市に生まれ育った人間として弥惣兵衛さんを誇りに思う。これからも機会があれば「ミュージカル“井澤弥惣兵衛”」を公演できることを切に願っている。
 この日、おいでいただいた観客の皆様、本当に有難うございました。

 井澤弥惣兵衛を知ろう会の皆様、埼玉県見沼の皆様、野上八幡神社さま、お世話になりました。ありがとうございます。
 

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by kigaaris | 2014-03-16 01:08 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男 -(6)

 見沼代用水の工事は難攻をきわめた。長い距離を農閑期の間にやりとげるためには区間を決めて同時に進めなくてはならない。測量に寸分の狂いがあってはいけない。黒鍬者たちはくる日もくる日も土砂を掘り、進んでいく。大雨が降れば水かさが増し、田や畑にあふれる。百姓たちが叫ぶ。「竜神さまの祟りだ!」と。 

 60歳半ばを過ぎた弥惣兵衛にとって、精神的にも体力的にも疲労が重なり寝込む日が続く。それでも工事は続けられた。ある日、弥惣兵衛が部屋で休んでいると美しい女性が訪ねてきた。
 ミズハと名乗るその女性は実は龍女神の娘であった。ミズハは弥惣兵衛に工事をやめるように懇願する。私たちのふるさとが無くなるのはつらいですと。

 けれども弥惣兵衛の信念は変わることがなかった。私もふるさとはある、帰りたい。でも私にはやらねばならないことがある。民が幸せに暮らすために自分の役割を果たすまでは帰れないと話す。
 やがて、弥惣兵衛の純粋なまでの生き様を知ったミズハは弥惣兵衛に協力しようと心に決める。

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 ミズハ役に有島華子さん、そして龍女神にゲスト出演の可純小春さん。可純さんは若い頃の椿役としても出演。踊りがうまい役者さんだ。ほかの踊り手たちは龍のウロコ役です。
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  可純さんの「亀の川念仏踊り」は可憐な美しさが、龍女神の踊りは妖艶さがあり、不思議な魅力のある女優さんです。

 
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by kigaaris | 2014-03-15 23:46 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男 ー(5)

 藤白峠で出会った不思議な女性、望月太左衛門の娘、椿はその後紀州藩から江戸へ、吉宗の奥方の世話のために出仕していた。

 ある日、お局の部屋で何者かが大奥の奥方の朝の御膳に腐った米を混入したことを知る。その責任を米奉行である井澤弥惣兵衛がとらされることとなり、老中から呼び出された弥惣兵衛は蟄居謹慎を言い渡される。見沼と飯沼の工事が終わるまで待ってください、と必死に懇願する弥惣兵衛であるが、老中の態度は厳しいものであった。

 謹慎の最中に見沼から工事取り下げの願いを持ってきた名主たちに対して、弥惣兵衛は「これはお上が決めたこと、子どもや孫の将来の為にいま、なさねばならないことがある」と民をさとす。「責任はだれがとるのですか?」という質問に「すべては私が責任をとります」と言い切る。

 やがて局と椿の陰の働きによって、また吉宗の取り計らいにより、大奥の腐敗米の容疑が晴れ、弥惣兵衛は見沼へと出立する。出立の朝、息子正房に留守頼んでいく。正房役に久保悦子さん。
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  弥惣兵衛が江戸で勘定奉行となっていることを知った椿は、ふるさとの紀州へ帰る前に一目会いたいと思って別れを告げにくる。しかし、弥惣兵衛は見沼へ出立したあとであった。
 初老の椿役に西知美さん。今回、西さんは御殿女中役と見沼の伊奈郡代役の3役に挑戦している。
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 見沼の検分に訪れた弥惣兵衛はそこで万年寺の住職に会う。見沼の農地開拓の依頼がこの住職から出されていた。住職は江戸時代のはじめ、見沼八丁堤が土地の郡代伊奈氏によって築造されたが、見沼全体を潤すものではなく、各地で争いが絶えないと話し始めた。
 万年寺住職にすみたに兄弟の兄のまさとしさん。いつものお笑いが出せずに、今回は真面目な役に取り組んでいただいた。
 住職はさらに見沼の湖にすむ竜の話を始めた。また、若い美しい娘の跡をついていった若者が消えてしまった話など。
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by kigaaris | 2014-03-15 23:02 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男-(4)

 才蔵はとてつもない事を考えた。遠くの山から農業用水をひくために、大きな河川の下にもう一つの川を作り流すという伏越しと、川の上を用水路専用の橋で超すという掛渡井(かけどい)を考案した。莫大な費用と人がかかる。失敗すれはともに死罪である。しかし弥惣兵衛は上司に懇願し、その工法で開拓工事を始めたのであった。紀州藩は弥惣兵衛と才蔵たちの働きによって河川が強化され、備蓄米がふえ、赤字経済から脱却することができた。紀ノ川周辺の用水路や亀の川用水はこの時に整備されたものである。

 けれども江戸表では深刻な米不足による飢饉が続いた。武士の報酬は米の禄高で決められていた時代である。飢餓で多くの人が飢え死にする有様であった。
 そのような時に吉宗が8代将軍となり江戸に赴く。吉宗は商人や農民が農地の権利を持つ民間資本参加の政策を打ち出した。間もなく為永が紀州から呼び出され、農地開拓の総責任者である勘定奉行格となった。関東の関八州をはじめ、飯沼、見沼での検分と工事が始まる。

 すみたに兄弟の弟のよしひろさんが筧播磨守(かけいはりまのかみ)役で登場(右)壮年の弥惣兵衛は和佐裕一郎くん。長い台詞をよく覚えられたと感心している。
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 工事は難関をきわめた。また工事に反対する農民たちも多く、名主とともに江戸表まで取り下げ依頼状をもってやってきた。そのような時、幕閣の同僚である筧播磨守が弥惣兵衛を信頼し助けてくれる。その背景には吉宗の弥惣兵衛にたいする絶対的な信頼があったからである。
 見沼の農業用水路工事に反対する名主たち。佐々木塾長(右)と松浦誠くん(左)はともに初舞台だそうだが、役になりきっていた。 
 
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 こちらは飯沼の名主たち。江戸表の高札をみて民間資本参加を申し出るが、実際には金策に困っていた。なすすべがなく困りはてていた時、江戸表から弥惣兵衛の手紙が届く。民が負担のお金を弥惣兵衛が立て替えて払ったという。弥惣兵衛の寛大さに喜びのあまり走り出す。
 ゲスト出演の伊藤未来くんは吉宗、佐平太(名主)、高田茂右ヱ門(鈴木の兄)の3役をこなした。川田将也くんも紀州藩の家臣大島伴六、源太郎(名主)、鈴木文平の3役をこなす。
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 地図を広げて見沼代用水の説明をする。弥惣兵衛の老年期役は有本勝則さん。バックスクリーンにも絵図を映し、観客が分かりやすいように工夫をこらしている。
 しかしこの時、江戸表では見沼代用水の干拓事業を阻止しようとする者の策略で大奥に事件が持ち上がる。
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by kigaaris | 2014-03-15 22:04 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男-(3)

  天狗の答えは「剣ではなく自分にあった方法で民を救うために生きよ」と説く。また「柔よく剛を制す」「水のごとく生きよ」という意味の言葉を為永に残した。
  舞台は変わって藤白峠の登り口、大川拓哉さんの歌「藤白」はオペラ風で心に響く

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 秋のある日、為永は弟と二人で藤白浜の海岸見ようと出かけた。藤白神社の裏山で不思議な女性に出合う。
 やがて成人した弥惣兵衛は紀州藩主徳川光貞から呼び出される。当時、相次ぐ地震や津波で全国的に農地が荒れ、コメの生産高が追い付かず、紀州藩でも米蔵が空になる状況が続いた。紀州藩は河川を強化し、農地の水源を確保する政策を始めたのである。藩内各地から優秀な土木技術者たちが呼び出された。大畑才蔵もまた高野口で河川の強化にとりくみその才能を発揮していた。まもなく才蔵と弥惣兵衛の出合いがあり、ここに紀州流土木工法が確立されることになる。
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 紀州御殿では奥女中たちの噂話に花が咲く。次の将軍は誰になるかとの噂でもちきりだった。KCMの若手女優たちのコミカルな踊りが楽しい。でも舞台裏では彼女たちの二役、三役のための着替えが結構大変なのです。

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by kigaaris | 2014-03-15 00:26 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男 ー(2)

 舞台は南野上に伝わる「亀の川念仏踊り」から始まる。上手に野上八幡神社の宮司と弥惣兵衛為永の父親が登場する。南野上小学校の森脇はるとくんと、ひろとくんも大人に負けずに堂々と踊っている。
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 突然の大雨に逃げ惑う村人たち、田や畑が流され生きるすべがなく嘆き悲しむ人たち。
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 庄屋の家に生まれた少年時代の弥惣兵衛為永は村人の悲しむ様子を見て、なんとか助けたいと考える。
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   ある日、為永が黒沢山で剣術の稽古をしていて天狗と出会う。天狗に試合をいどむが負けてしまう。「どうしたら強くなれますか?」と天狗に聞くが・・・
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by kigaaris | 2014-03-14 23:47 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)

吉宗を支えた男-(1)

 昨年11月24日、劇団KCMのミュージカル「吉宗を支えた男“井澤弥惣兵衛”」を海南市民交流センター内ふれあいホールで公演した。平成25年度和歌山県文化振興事業補助事業として開催、「2013有間皇子まつり共催 ウオーク万葉&ミュージカル“井澤弥惣兵衛”」が正式名称。
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  当日は朝からウオーク万葉があり、阪井の打垣内正氏宅前の万葉植物園からスタート、井澤弥惣兵衛の故地を歩き終点の野上八幡神社から貸切バスで会場に移動、ミュージカルは14時30分開場、15時開演となった。この日の観客は220名、出演者は20名というKCM公演ではこれまでにない大がかりな舞台となった。
 脚本・演出は東 道、時代劇演出と所作指導に東映太秦映像監督の中野広之氏、構成・振付はRiya、殺陣指導に佐々木浩敏氏の協力をいただいた。また、この公演のために挿入歌「藤白」と「太陽の人」をザ・ビートの岡村康司さんが作曲、「藤白」は東 道の作詞で西浦晴美さんが演奏、大川拓哉さんの歌でCDの制作となった。
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by kigaaris | 2014-03-14 23:25 | ミュージカル“井澤弥惣兵衛” | Comments(0)