東 道のきのくに花街道

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カテゴリ:KIGA・熊野古道歩こう会( 132 )

大日超え(本宮から湯峰温泉へ)

 4月のKIGA歩こう会は玉置山の頂上を超えて玉置神社へ抜け、本宮大社までバスで移動し、大日超えに挑戦しました。同行の会員の中にはこれまで何度か歩いた人がいて、「大したことないよ。すぐに着くから」という人や、「きついよ」という人など、それぞれに意見が異なりますが、なにはともあれ、歩きはじめることに。
 
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 後方に旧本宮大社が鎮座していた大斎原(おおゆのはら)が見えます。本宮大社は明治の大洪水で多くの社殿を流失したものの、ご神体と本地仏(仏像)が救出され、もと祓戸王子社のあった現在地に移されました。


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    民家の横を抜けて歩きはじめます。かなり登り坂です。
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   古道はさらにきつい登り坂が続きます。30度くらいはありそうですね。
 

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by kigaaris | 2014-04-29 18:52 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(1)

奥掛け修験道者のみち・玉置神社ー6

 玉置神社の正面です。修験道では山林中を自らの足で歩いて修行する抖擻(とそう)によって峯をめぐりながら行をおこなう山岳修行が重視されていました。峯の道には宿(しゅく)と呼ばれる霊地または行所が設けられていました。
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 宿は神霊や祖霊を迎える場所としての意味があります。ひとつは、修法・勤行の場としての宿であり、もうひとつは参籠(宿泊)宿泊)の施設となる宿であって、前者には小祠堂や大樹・巨岩など自然崇拝物が、後者には神社・寺院が多く用いられ、玉置神社は後者にあたります。しかし、近世以降、山岳修行が低調となるにつれて宿の語は用いられなくなり、かわって靡(なびき)と呼ばれるようになりました。今日、大峯奥駈道の峯中路で寺社殿と宿坊が残るのは2箇所しかないそうです。
 
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 玉置山一帯の枕状溶岩堆積あとです。「玉置神社の聖域である玉置山は、山頂を除く標高1000メートルから1040メートルにかけて枕状溶岩堆積地があり、海底火山の噴火により玄武岩質の溶岩が水中に噴出して急速に冷却・固化したことにより生じた、不規則な楕円状または曲がった丸太状の形状をした溶岩が一帯に露頭している。玉置山山頂の南側斜面には枕状溶岩の顕著な露頭が見られ、場所によっては枕状溶岩が重なり合っている。」(ウイキペディアより)

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by kigaaris | 2014-04-12 20:18 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

奥掛け修験道者の道・玉置神社-5

 玉置神社の後方に鎮座する丸い石を祀ったこの玉石社が奥の宮とされています。ではご神体は何か?ということをひもとけば、「古くはこの山全体に見られる枕状溶岩の自然石を自然の状態で拝礼することを重んじる山岳修験として始まったが、(中略)周囲に人工的な作為が相当に加えられており、長い年月の間に、本来の思想が忘れ去られてきた。遅くとも近世後期にさかのぼる造作の可能性が指摘されている。

 今日の社殿は枕状溶岩露頭を背後に背負った位置にある。露頭直下は傾斜が急で地すべりを起こしやすく、堂舎を営むには無理があることから、斜度が緩やかになる現在地まで標高を下げたのであろうが、しかし、そのことは本来の礼拝対象である「玉木(玉置)」が何であるかを分かりにくくし、霊地の根元を不明確にしてしまったと考えられている。(一部略)」(ウイキペディア参照)
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 さらに傾斜のある山坂道を下るとようやく玉置神社の境内が見えてきました。道路も平坦になり三柱神社社の後方から入ることに。この社は稲荷社ともよばれ、玉置山の地主明神だそうです。祭神は倉稲魂神、天御柱神、国御柱神で、古紙によれば神使は白狐といわれ、極秘の霊験があり、厄除け、開運、狂気、ノイローゼ、息災延命、その他所願成就、特に州浜の門を持つことから海上安全に信仰を集めているとのこと。
 
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 ようやく着きました。これが玉置神社です。 横から見ても本当に風格があります。
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狛犬さんもなかなか立派です。
 
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この狛犬さんたちはどれほど長くここに座っているのでしょうか?
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by kigaaris | 2014-04-12 19:56 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

寒風の中、大辺路の富田坂を歩きました-5

 熊野古道大辺路ウオークの最後の頁を追加します。祝の滝分岐点から金網をくぐり、三ケ川バス停までの道は自然林に囲まれ、まさに大自然の懐にいるような気分にさせてくれる所です。三ケ川のほとりに梅の咲く季節でした。
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 道路の右手に梵字塔が立っています。この林道沿いには1基だけですが尾根上にはいくつかの石碑が祀られているそうです。梵字は古代インドの仏教とともに日本に導入されたサンスクリット語の文字で、その中で仏を表すものが供養塔や卒塔婆などによく見られます。この塔に記載の文字は大日、勢至、観音、薬師など十仏を表しているそうです。もともとは尾根上にあったものがいくたびか移動され、この地に建てられたとのことです。
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 さらに三ケ川に沿って歩くと、庚申さんが目に入りました。干支12支の「かのえさる」の日が60日に一度回ってきて、人々はその日の夜は眠らずに過ごすという習慣が各地に残っています。これは道教の教えで、その人の生きている間の善悪の行為によって寿命が決まると教えられていて、庚申の日に、人の身体に住む三戸(さんし)という虫が寝ている間に身体から抜け出して、天帝に日ごろの行状をつげ口すると考えられているため、寝ないで過ごすのだとか。農漁村の人々が朝寝しないように始まったとの説もあり、東北のネブタの始まりだとも言われています。
 村境のお地蔵さんと並ぶ庚申さんが熊野古道でもよく見られます。この辺りは村境であったようです。
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 祝の滝分岐点から約3、5キロの道をあるいてようやく三ケ川バス停につきました。今日歩いたのは24280歩、距離にして約15,5キロでした。皆様お疲れさまでした。

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by kigaaris | 2014-04-09 20:52 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

寒風の中、大辺路の富田坂を歩きました。

 安居辻松峠から急な下り道が続きます。途中に1500万年前の地層が出ている岩盤が続きます。
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 この周辺には馬酔木(あせび)の木が多く、運よく花が咲いていました。
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 降り道を降りきって平地になった辺りに分岐点があります。右手に行けば祝の滝へ、まっすぐ行けば三ケ川への道です。ここで元気の残っている人たちは祝の滝を見物に出かけました。(私はここで少し休憩して周囲の景色を楽しませてもらことに。 
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 祝(しゅく)の滝の名の由来についての説明板によれば、「昔、田野井村の田井筑後守という富豪の家に祝という娘がいました。嫁ぐ時、たくさんの嫁入り道後のほかに祝いのお化粧料にこの滝を持参させたことからこの名で呼ぶようになったという説があります。」だそうです。
 滝から流れる川の水が澄んでいてとても美しいと感じました。
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by kigaaris | 2014-04-09 19:57 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

奥がけ修験道者のみち・玉置神社ー4

 頂上から神社への道は・・・。実は道なんてありません。まずは急な坂をすべらなように気をつけてそろりそろりと下ります。雨の日は落ち葉が濡れてすべるのでこの道は歩かないほうが良いと思います。急坂の次は岩と崖の間をつたって下ります。
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ようやく、道らしき所に来ました。神明型鳥居と書かれた鳥居が数か所に建っています。
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 玉石社と書かれた小さな社殿がありました。平安時代、熊野に至る修験道を開いた山岳修験の祖、役行者が後世の為に財宝を埋納し福徳を記念したと伝わっています。
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   途中、木の根元に小さな仏像が祀られていました。奉納している人がいたので聞いてみると、ここにはかつて、寺があったそうです。明治の神仏分離の時に取壊されたのでしょうか。
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by kigaaris | 2014-04-04 19:32 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

奥がけ修験道者のみち・玉置神社へー3

 さあ、いよいよ歩き始めます。平坦な道をさけ玉置山の頂上をめざして地道を歩くことにします。いきなり登り坂です。
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 枕木のような木が並ぶ道ですが、結構、傾斜があって息が切れそうです。
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  標識がありました。左に行けば「花折塚」、右に行けば「玉置山」です。
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 やっと頂上につきました。ここまでの距離はあまりないのですが急坂です。「玉置山頂1076米」との記載があります。
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 すぐ隣に「沖見地蔵尊」のお地蔵さまがあります。長い間、ここから沖を眺めておられるのですね。
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by kigaaris | 2014-04-04 18:42 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

奥がけ修験道者のみち・玉置神社へ-2

小型バスに乗り換え、十津川の橋を渡ります。川幅が狭くなり、深い山に入る気がします。
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 道路脇の桜につい目がいってしまいます。動いてるバスの中からナイスショット。
 
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     さあ、ここでお弁当をいただきます。長い時間バスに乗ったので少し疲れました。皆さん、昼食がすんだら早く歩きたいですか?
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             元気いっぱいの女子組さんたち
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by kigaaris | 2014-04-04 18:15 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

奥がけ修験道者のみち・玉置神社へー1

 4月3日、KIGA熊野古道歩こう会のメンバー29名は玉置山の頂上を通って玉置神社へ参詣し、そのあと大日越えに挑みました。予報では午後から雨でしたが、幸い1日良い天気に恵まれ、玉置山を下山したあと、本宮大社の近くの大日越え登山口から湯峰王子までを元気に歩くことができました。
 朝7時30分JR和歌山駅をスタート、貸切バスで十津川温泉の駐車場まで約3時間半、そこで地元の小型バスと乗り換えました。玉置山への道が狭くて大型バスが通れないためです。玉置山の駐車場着に11時25分着、そこでまずお弁当を頂くことに。途中、神社の境内での食事は失礼だろうという配慮からなのです。
 約4時間かけて玉置山へのバス旅行です。おりしも桜の開花の季節、道中、桜を満喫しながらの旅となりました。
 中辺路の道の駅でトイレ休憩。ここにも桜!と思いしや、この花は桜ではなく「こぶし」とのこと。「北国の春」ではなくて南国和歌山にも「こぶし」は咲いていました。
 
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 「こぶし」ってこんな花です。可愛い花ですね。
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 トンネルを抜けると熊野川にであいます。熊野川は南へ向かうと新宮へ、北へ向かうと吉野川に流れ、紀ノ川の源流となっています。旧本宮大社が鎮座していた大斎原は、熊野川、音無川、岩田川の3つの川が合流し、参詣者たちが禊をしながら入ることから「濡れわらじの入道」を呼ばれる聖なる川なのです。
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 やがて道路は十津川温泉街にはいります。 ここでも満開の桜が迎えてくれています。
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 ようやく十津川温泉の駐車場へ着きました。山間の広い駐車場です。ここで皆さんとストレッチ体操をしました。
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by kigaaris | 2014-04-04 17:52 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)

寒風の中、大辺路の富田坂を歩きました。

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 もうこれ以上は歩けないと思った頃、ようやくお弁当タイムです。陽のあたる風のこない場所を探して座りこみます。お弁当を食べている間は動かないので寒さがジンジンとこたえます。
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 昼食をがすむと、すぐにまた歩き始めます。これまでは古道の右手の景観を眺めながらでしたが、午後からは左手の景色を見ながら歩きます。個人の山林という自然林がとても美しい眺めです。


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by kigaaris | 2014-03-09 19:22 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)