東 道のきのくに花街道

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熊野古道・紀伊路 紀伊宮原~湯浅へー2

 一里松をあとに、糸我稲荷神社を見て峠への道を上ります。雨のあとの雲雀山コースは滑りやすく危険なのでまたの機会にし、糸我峠への道を歩きました。曇り空でそれほど暑くもなく、さわやかな風があり、心地良く歩くことが出来ました。 
 峠の頂上で記念写真です。撮影者の正木さんは入っていません。
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 糸我峠の少し手前、有田の街並みの景色が広がっていました。
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 峠を下ると逆川(さかがわ)神社です。境内に逆川王子の石碑があります。この近くの川が海に向かわずに、逆さに流れていることがこの名の由来です。お弁当は逆川神社の少し手前の、吉川憩いの家で。トイレが使えて便利です。
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 方津峠でお地蔵さまの手を合わせて、すぐ右手の細い道へ入ります。これが熊野古道です。峠を下り、元郡民体育館(現スポーツセンター)へと歩くと、体育館の敷地内に一里松の石碑があります。和歌山城から6里だそうです。今は松が枯れたので、石碑も内側をむいていますが。
 古道は湯浅町内を流れる山田川にでました。午後1時半。予定より早く歩いています。 
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 「北栄橋」を渡ると醤油の香りがプーンと漂ってきました。ここは日本の醤油発生の地です。いまも手作り醤油を生産している「角長(かどちょう)」さんへ。醤油資料館と醤油蔵を見せていただきました。かつて、醤油は山田川の河口から海路で日本国中へと、その販路を広げていきました。
 湯浅の町並は「せいろミュージアム」と呼ばれ、各家々が軒下にせいろを飾り、その中に和歌や花、人形など、和のアレンジをしています。
 角長さんから街並みを見ながら古道に戻ります。
 しばらく歩くと右手に立石の道標が立っています。「きみゐでら」と刻まれています。右面には「すく くまのみち」と。良く見ると上のほうに手の形があり北を示しています。北栄橋をさしているのです。天保の時代、日本全国が飢饉になりました。餓死人が多く出て、土地を持つ人は自分の土地に埋葬されますが、土地を持たない貧しい人は橋の下に埋められたそうです。北栄橋にはそんな歴史の秘話が伝わっています。(松原右樹氏より)
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 熊野古道は湯浅駅前をとおり広川への橋を渡り、川に沿って国道42号線へ向かっています。今日は近道をしてJRの高架下をくぐり、明恵上人ゆかりの勝楽寺への道を歩きました。勝楽寺には重要文化財に仏像が安置されています。
 午後3時。かなり暑くなってきて、雨傘が日傘になりました。
 勝楽寺の後方に「紀伊国屋文左衛門船出の碑」が建っていました。ここから国道42号線に出て、数百メートル歩くと久米崎王子です。古道はこのあと、井関王子、河瀬王子と続いていますが、今回は久米崎王子までとし、湯浅駅へ戻ることにしました。
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by kigaaris | 2016-06-25 21:50 | KIGA・熊野古道歩こう会 | Comments(0)